私に還る日
実際、暖野が待った時間はわずかだった。マスターはあちこちいじくり回して最後に耳当てを取ると、暖野に向き直った。
「やあ、ありがとう。おかげで何とか直ったようだ。待たせて悪かったね」
マスターは笑顔で言った。「ちょっと、聴いてみるかい?」
「え? いいんですか?」
張り詰めていた暖野の心が、それでほぐれた。
「いいとも。ここじゃ何だから、向こうへ行こう」
促されて、暖野は喫茶コーナーへと向かった。マスターは鉱石ラジオをカウンターの上に置き、自身はその向こうへ廻った。
「今、合わせるから」
マスターはまた少し機械をいじってから、暖野に耳当てをよこした。「ほら、聴いてごらん」
暖野はその古めかしいヘッドフォンを受け取り、耳に当ててみた。
音楽が流れている。クラシックだ。NHKだろうか。雑音が多いが、それでもしっかりと聞こえていた。
「へえ、ちゃんと聞こえるんですね。」
暖野は素直に驚きを述べた。
「そりゃそうさ。一応はラジオなんだから」
「これ、マスターが直したんですよね」
至って当たり前のことを訊く。
「ああ、そうだよ」
「へえ、すごい!」
「特別なことはないさ。昔のものは、ほとんどが手作りだからね。人の手で作られたものは、人の手で直しもできるんだよ」
「でも、感心しちゃいます」
「もっとも、現在(いま)のラジオを直せと言われても無理だけどね」
暖野はあらためて、そのラジオを見た。
「すみません、ありがとうございました」
礼を言って、暖野はヘッドフォンをマスターに返した。
「まだ雑音が多いな」
マスターはもう一度自分でヘッドフォンをつけて言った。「チューニングし直さないと……」
そして、ラジオを少しだけ脇へ除けると、暖野に言った。
「ところで、この前の時計は直った?」
暖野は、元はといえばそのことを訊くために来たのを、今さらながらに思い出した。
「い、いえ。――時計屋さんにも見てもらったんですけど……」
暖野はポケットをまさぐって、時計を二人の間に置いた。
「そうか。やっぱりだめだったか……」
残念そうにマスターが言った。
「これで動かないはずがないって、店の人は言ってたんですけど」
「うん、そうなんだ。だけど、動かない。どこがどう悪いのか、僕にもさっぱり解らなかったんだ」
暖野は時計を見つめた。
「君は、ミルクティーだったかな」
唐突に訊かれて、暖野は咄嗟に返答に困った。今日は余分なお金を持ってきていない。そのつもりで来たのではないからだ。
心配げな暖野の表情を見て、マスターは笑顔を見せて言った。
「お金はいらないよ。待たせてしまったお詫びだ」
「いえ、そんな……。厚かましすぎます」
「ちょうど僕も、何か食べたいと思っていたところなんだ。付き合ってくれるとありがたいんだけどね。一人で食べるのも気が引けるから」
そうまで言われると、嫌とは言えない。暖野はとりあえず、紅茶にしてほしいと言った。
「やあ、ありがとう。おかげで何とか直ったようだ。待たせて悪かったね」
マスターは笑顔で言った。「ちょっと、聴いてみるかい?」
「え? いいんですか?」
張り詰めていた暖野の心が、それでほぐれた。
「いいとも。ここじゃ何だから、向こうへ行こう」
促されて、暖野は喫茶コーナーへと向かった。マスターは鉱石ラジオをカウンターの上に置き、自身はその向こうへ廻った。
「今、合わせるから」
マスターはまた少し機械をいじってから、暖野に耳当てをよこした。「ほら、聴いてごらん」
暖野はその古めかしいヘッドフォンを受け取り、耳に当ててみた。
音楽が流れている。クラシックだ。NHKだろうか。雑音が多いが、それでもしっかりと聞こえていた。
「へえ、ちゃんと聞こえるんですね。」
暖野は素直に驚きを述べた。
「そりゃそうさ。一応はラジオなんだから」
「これ、マスターが直したんですよね」
至って当たり前のことを訊く。
「ああ、そうだよ」
「へえ、すごい!」
「特別なことはないさ。昔のものは、ほとんどが手作りだからね。人の手で作られたものは、人の手で直しもできるんだよ」
「でも、感心しちゃいます」
「もっとも、現在(いま)のラジオを直せと言われても無理だけどね」
暖野はあらためて、そのラジオを見た。
「すみません、ありがとうございました」
礼を言って、暖野はヘッドフォンをマスターに返した。
「まだ雑音が多いな」
マスターはもう一度自分でヘッドフォンをつけて言った。「チューニングし直さないと……」
そして、ラジオを少しだけ脇へ除けると、暖野に言った。
「ところで、この前の時計は直った?」
暖野は、元はといえばそのことを訊くために来たのを、今さらながらに思い出した。
「い、いえ。――時計屋さんにも見てもらったんですけど……」
暖野はポケットをまさぐって、時計を二人の間に置いた。
「そうか。やっぱりだめだったか……」
残念そうにマスターが言った。
「これで動かないはずがないって、店の人は言ってたんですけど」
「うん、そうなんだ。だけど、動かない。どこがどう悪いのか、僕にもさっぱり解らなかったんだ」
暖野は時計を見つめた。
「君は、ミルクティーだったかな」
唐突に訊かれて、暖野は咄嗟に返答に困った。今日は余分なお金を持ってきていない。そのつもりで来たのではないからだ。
心配げな暖野の表情を見て、マスターは笑顔を見せて言った。
「お金はいらないよ。待たせてしまったお詫びだ」
「いえ、そんな……。厚かましすぎます」
「ちょうど僕も、何か食べたいと思っていたところなんだ。付き合ってくれるとありがたいんだけどね。一人で食べるのも気が引けるから」
そうまで言われると、嫌とは言えない。暖野はとりあえず、紅茶にしてほしいと言った。