私に還る日
昼休み、暖野は二階にある教室の窓から校庭を見るともなしに眺めていた。陽光を受けて眩しいグラウンドでは、幾人かの男子がサッカーなどをやっている。時おり歓声が上がったりして、結構楽しそうだった。
暖野は時計を取り出して眺めた。秋の陽を照り返し、それ自身が輝いているかのようにも見える。しかし、針は停まったままである。
「のーんの!」
後から急に抱きつかれて、暖野は文字通り跳び上がった。
宏美だった。
「もう! 宏美ったら!」
体に巻き付いた腕をふりほどき、暖野は宏美を睨みつけた。「びっくりするじゃないのよお!」
「だって、またぼうっとしてるんだもの。スキだらけよ、暖野」
「そういつもいつも、緊張してなんかいられないわ」
「そうなの? 私には、ここんとこずっと悩んでるみたいに見えるけど」
「そう?」
「やっぱり、恋煩いなんでしょ? いい加減、隠さずに話してしまいなさい。この宏美さんが聞いてあげるから」
「とんでもない勘違いだわ。宏美にかかったら、寝ぼけてるだけでも恋する乙女にされてしまうわね」
「その逆よりはいいでしょうに」
「まあ、ね」
そりゃあ、確かにそうだ。真剣に悩んでるのに「眠いの?」なんて言われたら、さらに落ち込んでしまう。
「ねえ、言っちゃいなさいよ」
「そんなんじゃないってば」
「だったら、何な――」
宏美は言いかけて、一瞬言葉を切る。次の瞬間、宏美の口調は一変していた。「ああっ! かわいい時計!」
宏美がやおら飛びかかってきて、暖野は慌てて時計を持った手を後ろにかばった。
後になって考えてみれば、そんなことをすれば却って怪しまれるだけだとわかるのだが、そのときは咄嗟にそんな行動に出てしまったのだった。
「何よ何よ。隠さなくたっていいじゃない。ねえ、それ、どこで買ったの?」
暖野の腕をつかんで強く揺さぶりながら、宏美は執拗に訊いた。
「こ、これね……。ルクソールで買ったのよ」
変に言葉を詰まらせながら、暖野は言った。
「ルクソールで?」
「そう」
「いつよ。私、全然知らなかった」
「2、3週間ほど前かな」
暖野はわざと、おおよそで言った。
「ちょっと待ってよ。それって、ひょっとして私がケーキおごらされた日じゃない?」
案の定というか、宏美は素早く覚った。
「よくそんなこと憶えてるわね」
「当たり前よ。こちとら、小遣い前の乏しい資金をふんだくられたんだから」
「言葉遣い」
と、暖野が一言。あまり上品とは言い難い宏美の言葉に対してだ。
「言いたくもなるわよ」
「せこいこと言わないの。私だって、お小遣いはたいたんだから」
「暖野はいいわよ。自分で使ったんだから」
「そんなに言うなら、今度は私が出すわよ」
「別にいいけどね。おかげで無駄な努力をすることもなくなったし」
幻の彼氏に贈るマフラーのことを言っているのである。
「そうそう。焦ったら却ってよくないわよ」
「いつものことながら、情けない話よねえ。世の男どもは、一体どこに目を付けてるんだか」
「そう愚痴らないの」
暖野は、宏美の肩を軽く叩いてやった。
暖野は時計を取り出して眺めた。秋の陽を照り返し、それ自身が輝いているかのようにも見える。しかし、針は停まったままである。
「のーんの!」
後から急に抱きつかれて、暖野は文字通り跳び上がった。
宏美だった。
「もう! 宏美ったら!」
体に巻き付いた腕をふりほどき、暖野は宏美を睨みつけた。「びっくりするじゃないのよお!」
「だって、またぼうっとしてるんだもの。スキだらけよ、暖野」
「そういつもいつも、緊張してなんかいられないわ」
「そうなの? 私には、ここんとこずっと悩んでるみたいに見えるけど」
「そう?」
「やっぱり、恋煩いなんでしょ? いい加減、隠さずに話してしまいなさい。この宏美さんが聞いてあげるから」
「とんでもない勘違いだわ。宏美にかかったら、寝ぼけてるだけでも恋する乙女にされてしまうわね」
「その逆よりはいいでしょうに」
「まあ、ね」
そりゃあ、確かにそうだ。真剣に悩んでるのに「眠いの?」なんて言われたら、さらに落ち込んでしまう。
「ねえ、言っちゃいなさいよ」
「そんなんじゃないってば」
「だったら、何な――」
宏美は言いかけて、一瞬言葉を切る。次の瞬間、宏美の口調は一変していた。「ああっ! かわいい時計!」
宏美がやおら飛びかかってきて、暖野は慌てて時計を持った手を後ろにかばった。
後になって考えてみれば、そんなことをすれば却って怪しまれるだけだとわかるのだが、そのときは咄嗟にそんな行動に出てしまったのだった。
「何よ何よ。隠さなくたっていいじゃない。ねえ、それ、どこで買ったの?」
暖野の腕をつかんで強く揺さぶりながら、宏美は執拗に訊いた。
「こ、これね……。ルクソールで買ったのよ」
変に言葉を詰まらせながら、暖野は言った。
「ルクソールで?」
「そう」
「いつよ。私、全然知らなかった」
「2、3週間ほど前かな」
暖野はわざと、おおよそで言った。
「ちょっと待ってよ。それって、ひょっとして私がケーキおごらされた日じゃない?」
案の定というか、宏美は素早く覚った。
「よくそんなこと憶えてるわね」
「当たり前よ。こちとら、小遣い前の乏しい資金をふんだくられたんだから」
「言葉遣い」
と、暖野が一言。あまり上品とは言い難い宏美の言葉に対してだ。
「言いたくもなるわよ」
「せこいこと言わないの。私だって、お小遣いはたいたんだから」
「暖野はいいわよ。自分で使ったんだから」
「そんなに言うなら、今度は私が出すわよ」
「別にいいけどね。おかげで無駄な努力をすることもなくなったし」
幻の彼氏に贈るマフラーのことを言っているのである。
「そうそう。焦ったら却ってよくないわよ」
「いつものことながら、情けない話よねえ。世の男どもは、一体どこに目を付けてるんだか」
「そう愚痴らないの」
暖野は、宏美の肩を軽く叩いてやった。