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天空詠みノ巫女/アガルタの記憶【二~三】

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 次の日、香津美はそのことを無謀にも織子につい話してしまっていた。
「香津美の気持ち悪さなんて、今に始まったことじゃブギャ!」
 香津美の回し蹴りが、勢い良く織子の臀部を直撃する。
「痛いってば!彼が見たらドン引くぞ!」
 それでも香津美の蹴りは、容赦なく織子の尻を連打していく。
「私の性格なんて、とっくに知ってるわよ!」
「くっそー、いたいけな少女の尻をいたぶる変態暴力女め!『痔』になったら責任取らせるからなー!ボラギノールは意外とお高いんだぞ!!」
(もし、織子がいてくれなきゃ、私どうなっていたんだろう)
 二人の間に堂々と割って入ってくる彼女に対し、香津美は疎ましさを感じつつ同じくらい感謝もしていた。
 家が別方向なせいもあって登下校が一緒になることはなかったが、その代わりに学校内では彼と過ごす時間は長くなる一方であった。
 それはそれで嬉しくも楽しいひと時ではあったのだが、周りを一切気にしないハヤトの接し方には、正直、困惑してしまうことも多々あった。
 クラスの女子には、そんな二人の仲を快く思わない者も何人かいるようで、中には無謀にも香津美に対しあからさまに嫌がらせをしてくる者もあったが、一触即発の場面になると、その空気を察したかのような絶妙なタイミングで、織子はクラスの雰囲気を一気にに和ませていく。
 そのままでは孤立も已む無しであった香津美を、『緑光の最終兵器(リーサルウエポン)』、『時代遅れのスケ番アスリート』などと呼び習わし、その地位を確固なまでに不動のものへと成し得たのだった。
 香津美にとっては、不名誉な二つ名ではあったが、やはり彼女は、中学からの無二の親友に違いない――相談相手としては、かなり難はあったが。
「もう、付き合っちゃえばいーじゃん?」
「ははははははは……何をおっしゃいますやら、織子さん」
「だってさー、お互い好き同士なんでしょう?」
「む、向こうは知らないわよ……。私のこと、どう思ってるかなんて」
「あー、もーこいつら、超めんどくせーっス!親分、殺っちまいやしょう!」
 言うと織子は、『親分』と呼んだ髭面のマスコット人形を香津美へと投げつけ、再び臀部へと蹴りを食らった。
 香津美としても、相手の気持ちを確かめたいとは思っている。しかし、どうしても怖くて直接聞くことなどできなかった。
(それができたら、今更こんなに悩むこともないのかな?でも、お互いが好き同士だったとして、そこから何があるの?何が変わるの?)
「だいたい、『付き合う』ってどういうことなのか、いまいちよくわかんないしさ……」
 そう言って項垂れる香津美を見ると、織子は『親分』で彼女の頭をぺちぺちしだす。
「まず、オリコに相談すること自体、間違いっしょ?オリコは無責任なことは言えないけど、無責任なことしか言えないもの」
(なかなか的を射たことを言うわ……)
「あんたはどうなのよ……誰か、好きな人とかいないの?」
「あー……オリコは皆の偶像(アイドル)だからにゃ〜。特定の人は作らないナリよ」
 何かを悟ったかのよう表情で、遠くを見つめながら黙々と自分の頭をぺちぺちしてくるこの友達のことが、香津美は一番謎な存在であることを思い知った。
「でもさぁ、おかしいと思わない?一年の球技大会以来、何のリアクションもないんだけど?」
「もう飽きた……ってことじゃね?」
 織子の無責任な一言が、香津美のささやかな胸を深くえぐる。
 また、織子の無責任な情報によると、ハヤトの女子生徒からの人気は、同学年の男子生徒の中でも一、二を争うものだという。
「早目に告んないと、他の誰かにに持ってかれてしまうべなー」
 矢継ぎ早に繰り出される織子の無責任極まりない発言が、香津美のガラスの心を打ち砕いていく。
「ハアー……乙女のピンチだわ」
 彼女らしくないそんな台詞が、カウンターとなって織子のツボを刺激し爆笑を誘った――と同時に、香津美渾身左回し蹴りが炸裂し、織子は「ギャン!」と宙を舞うのであった。

 だが、香津美のそんな思いは、やがて杞憂となって終わりを告げる……。

               ☆

 香津美に突きつけられた現実――それは、ハヤトの『転校』という二文字で幕を下ろした。
「親御さんの、急な仕事の都合で――」
 それが担任の口から言い渡された、唯一の理由であった。
 クラスメイトの誰にも告げず、彼は香津美の目の前から忽然と姿を消した。
 つい昨日まで、彼はココに居た。
 この同じ教室で、皆と他愛の無い会話を交わしていた。
 そして今日も、そのはずだった。
 朝にその姿を見かけなかった時は、風邪でも引いたのかと彼の身を案じた。だがそうではなく、ハヤトは二度とここへ姿を現すことはない。
(ハヤトの身に何があったというの?昨日までは何の素振りすらなかった。なにより、私はそんな話を聞いていない!) 
「――!」
 彼女は気づいた。
 彼の中で自分が……自分だけは特別な存在だと信じて疑うことのなかった自分に、気が付いてしまった。
 その時、たくさんの感情と共にいっぱいの何かが頬を伝っていくのがわかった。
 それは、止め処もなく次から次へと溢れ出てくる。
(私はまだ、ハヤトに何も伝えていない)
 気持ちを確かめることもできずに、何も告げずに彼は去っていった。
 悔しくて、悲しくて……。
 そんな想いが涙となって、いくら拭っても拭っても、後から後から溢れ出てくる。
 この日、香津美は生まれて初めて人目もはばからず泣いたのだった。

 その日の放課後、香津美は生徒会室の前に立っていた。
 織子の情報が正しければ、昨日ハヤトはここに呼び出されていた。
 ノックをすると、中から女性の声で応答があった。意を決し入室すると、そこには今年度、新たに選出されたばかりの生徒会長、神谷サヲリの姿があった。
「生徒会長……あなたに聞きたいことがあってここにきました」
「どうぞ、お掛けになって」
 香津美は順を追って、ハヤトのことを率直に問いただした。
 昨日はどんな用件で、彼を呼び出したのか?
 なぜ何の前触れも無く、転校という事態となったのか?
 そして、彼の行った先はどこなのか?
 だが、彼女から聞き出せたのは、担任からのものと全く変わらないものだった。
 それ以上、何も聞き出せないとを悟ると、香津美は静かに席を立ち一礼する――しかし、サヲリは泣き腫らした香津美の表情を見逃すことはなかった。
「彼……ハヤト・アンダーソン君と、あなたとのご関係は?」
「特に……何も」
 この人は、何かを隠している……香津美は直感的にそう感じた。
 この時、サヲリに対して感じた不信感を、香津美はそれ以降も決して忘れることはなかった。
 そしてこの時を境に、香津美はサヲリに対して一方的な敵対心にも似た感情を持つことになる……。

 あれから一年――香津美は、ハヤトとの再会を果たすこととなる。
 だがその再会は、彼女の新たな人生の幕開けでもあった。

               ☆