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天空詠みノ巫女/アガルタの記憶【二~三】

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 今日もその延長線上のこと……。
「……」
「なに?」
「え?食べていいの?」
「別に……いいけど」
「あんたのために作ったんじゃないんだからね!……は?」
「いや、私そんなキャラじゃないし」
 計らずとも、香津美は、彼の行為を待ち望んでいた節もあった。
(上手くできたらハヤトにあげよう)
 この度の『奇跡の出来映え』は、彼女のそんな気持ちが産み出した結果に違いなかった。
「早く食べないと腐る?」
「腐んないし!失礼なこと言う奴にはあげない」
 香津美はこれまで男子相手にそんな態度を見せることなどなく、ハヤトとのそんなやり取りもどこか愉しげだった――今までで唯一、気を許した男子生徒……それが、ハヤト・M・アンダーソンという存在であった。
「じゃあ半分コね」
 そう言うと彼はカップケーキを二つに割り、その片方を一気に口へと放り込む。
「……ん?……うん、ん?……うっ……」
 ハヤトは口を押さえると、その場にゆっくりと蹲っていった。
「え?……ハヤト、大丈夫?……ちょっと、まずかった?」
 急変するハヤトに香津美は焦ったが、彼は手を挙げてそれを制した。
「……ん?……う……うまい!」
「よかった……。で、でしょう?自信作だかんね!」
 香津美は素直に嬉しかった。
「ただ……喉、詰まった」
 言うとハヤトは、香津美の飲みかけだったパックジュースの苺牛乳を一気に飲み干していく。
 そんな彼の姿を見ると、この男子生徒とはそういう間柄なのだと改めて実感すると共に、大いに照れて俯く香津美なのであった。
(全部、飲まれた)
 だが、時折見せる香津美のそんな隙が、ハヤトのドS根性を刺激する。
「ん?怒った?」
 気づくと彼の顔がすぐ横にあり、深いブルーの瞳が間近に迫っていた。
(ちょ、ちょっとタンマ!近い!近いって!!)
 香津美は顔面を桜色に染めながら、首を横へと振る。恋愛経験など皆無の香津美には、ハヤトのあまりにも大胆な振る舞いに対応する術など持ち合わせはいなかった。
「見てるこっちが恥ずかしいぞ」
 その聞きなれた声に視線を上げると、目の前で織子が頬杖をついていた。
「!」
 慌てた香津美は、咄嗟にハヤトを突き飛ばしていた。
「織子!来るのが遅い!」
「じゃあ、残りの半分はオリコが頂いていくにゃー」
 まさに神出鬼没の織子は、残り半分となった奇跡のカップケーキを持ち去っていく。
「あと、そこの二人。校内でいちゃつくの禁止だから……ふふふふふふふ」
 振り向き様にそう言い残すと、織子はニヤリと不適な笑みを浮かべ満足げに教室を後にするのだった。
 その日の織子のテンションは、更に加速し留まることを知らなかった。
 廊下で擦れ違う見ず知らずの生徒達に対しハイタッチを求め、それが決まる度に「ヨシ!」と、ガッツポーズを取る彼女の姿が昼休みの校内各所で見られた。
 それら一連の行動が、様々な『音』となって香津美のいる教室まで届いてくると、その起点であったことに謂れのない恥ずかしさを感じた香津美は、織子の快進撃を阻止するべく彼女の後を追った。
 一方のハヤトの方といえば、お気楽な性格が幸いしてか、別段気にも留めない様子で「オーマイガー」と言っては、ごく自然に男子生徒たちの輪の中へと入っていく。
(なんだか、私だけが割をくってる気がするわ)
 そんな気持ちとは裏腹に、香津美のハヤトに対するへの特別な感情、は日増しに強いものへとなっていく気がした。

               ☆

「好きな子でもできた?」
 香津美がハヤトへの気持ちを再認識したのは、そんな母親からの何気ない一言だった。
「え?なんで?」
「だって、最近楽しそうじゃない?」
「そう?」
「年頃の娘を持つ親としては、そういうことには敏感なのよ」
 香津美の母、三神真樹子(ミカミ マキコ)は久城市内で美容室Makiを営んでいる、高校生の娘がいるなど到底思えないほどの若さと美貌を兼ね備えた女性であった。
 このご時勢にありながら、管内に八店舗を構える他にネイルサロンなどを多角展開する『やり手』の経営者でもある。
「まったく正直な娘よねー。ま、あんたのそういうトコは嫌いじゃないけどさ」
 伝票をチェックする手は休めず、返事のない香津美を横目にフッと笑う母は、意外と上機嫌のように思われた。香津美は図星を突かれて尚、無表情を装いながらも、忙しい毎日を送りつつしっかりと自分を見ていてくれるこの母親のことを、どこか誇らしく思えた。
「あんたは、どこか堅苦しいトコがあるからねー。別に心配はしてないけどさ……浮かれて成績、落とさないようにしなさいよねー」
「わかってるわよ……」
 香津美は、肯定とも否定とも取れる曖昧な返事をするに留まった。
 これまで幾度となく自慢の『恋バナ』を聞かされ、男性遍歴だけは多そうなこの母に相談などできるはずもなかった。
 いざ相談などなどしたら最後、根掘り葉掘り聞かれたうえ「だからあんたはダメなのよ」と、なぜか説教モードに移行していく様がありありと想像できた。
 真樹子は、家に持ち込んだ仕事に区切りをつけると大きく伸びをした。
「香津美、コーヒー入れて」
「自分でやって」
「うわー、サービス悪いなーここの店は」
 文句を言いつつも娘の恋の行方に興味を持ち始めた真樹子は、居間のソファーで雑誌を捲っている香津美に背後から抱きついていく。
「ねェ、晩御飯なんか食べた?どっか美味しいものでも食べに行こうっか?」
「んー?ほか弁で済ました。母さんのも冷蔵庫に入ってるよ。さて……勉強、勉強っと」
 母の魂胆を察知した香津美は、自然な話題転換などの特殊技術(スキル)を持たないため、それとなく理由をつけて自室へと避難することにした。
 一人リビングに取り残された真樹子は、電子レンジの中で静かに回転する『のりから揚げ弁当』を腕を組んで見つめたまま呟いた。
「……つまらん」

 言った手前、取りあえず自室の机の上に教科書、参考書、ノートなどを並べて香津美は物思いに耽っている。
(ハヤトは私のこと、どう思っているんだろう)
 あの球技大会以来、急接近したことに間違いはないのだが、それ以上の発展のないまま一年が過ぎようとしていた。
 今では気がつくと傍にいて、ごく自然に接することのできる男友達――ただ、それだけの関係……。
(私はハヤトのこと、どう思っているんだろう)
 確かに、見た目は背も高くスマートで、顔立ちだって周りの男子の中でもひと際端正で文句のつけようもない。
 気のおけない性格だって決して嫌いではない。
 はっきりとさせたい気持ちと、はっきりさせたくはない気持ち。
 このままで良いと思う反面、このままでは嫌だという思い。
 様々な想いと感情が入り乱れ、気持ちが揺れ動き交差していく――ひとり悶々と上気して姿見に映る自分は、なぜか『にやけ顔』だったことに軽いショックを覚えた。
「うわー、気持ちワルッ!……母さんに気づかれる訳だわ」
 妙に腑に落ちた香津美は、パシッと頬を両手で張るのだった。

               ☆