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天空詠みノ巫女/アガルタの記憶【二~三】

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 様々な人の思惑を乗せて夜は更けてゆく――漆黒の闇は動き始め、夜の帳にその影を映していた……。
 都内のホテルの一室に橘薫はいた。窓の外は輝くばかりの夜景が広がり、それらを見下ろすことで、彼は一時の至福を味わうことができた。
 その部屋にはもう一人……初老の男がソファーに凭れて、ロックグラスを傾けていた。 
 ノックの音が静寂を破り、橘の私設秘書が恭しくアタッシュケースを持って入ってくる。
「お待たせしました」
 黒々とした『いかにもなケース』は、初老男の前へと差し出される。
「時期尚早ではないのかね?」
「……」
 橘は、無言で煙草の煙をくぐらしていた。
「まあ、俺達には無関係なことだったな。ただ……」
 男はグラスに注がれたブランデーを一気に飲み干す。
「こちらも何かと忙しくてな……。兵隊のほとんどは、未だに陸奥に飛んどる。アガリは知れているんだが、今、一番重要な『しのぎ』なんでな」
 男はアタッシュケースを静かに開き、中身を確認すると徐に立ち上がった。
「もう少し『色』を付けて欲しいものだが……お互い、今は辛い時期だからな。まあ、これで取りあえずは受けておくよ……。先生方にもがんばって貰って、俺達の『活きやすい世の中』って奴を作ってもらわんといかんしな」
「くれぐれも、派手にはやらんでくれ」
 橘は男に背を向けたまま、ようやく一言を発した。
「心得ているよ……昔のようにはいかん。もう、そんな時代じゃない……全て変わってしまったからな。だが、俺たちは『新右翼』や『民族解放』といった連中とは違う。志はいつも『帝国万歳』だ。売国奴どもに一泡吹かせて、それで満足って訳でもない。それだけは誤解しないように……な?」
 そう言い残すと、男は秘書の肩を叩き、部屋を後にした。
「昭和の亡霊が……」
 私設秘書は、それを見送ると吐き捨てるように言った。
「ふん……奴らとて、今の日本を憂いている者たちには違いあるまい?」
(緑竜会……グリーン・ドラゴンか……。まさに『昭和の亡霊』だな。今は政治結社を謳ってはいるが、その実、奴らのネットワークは未だ顕在……。だからこそ、この国の礎になってもらうのは、奴らとて本望だろう?……この国はもう一度、『戦後』からやり直すべきなのだ……)

              ☆

 ――あくる日、彼はやってきた……。
「えー……丹波からの転校生で……」
 担任の紹介を待たずに、その男子生徒はチョークを手にし、黒板の端から端までを使って大きくその名を刻んだ。
 倉田 鞍馬(クラタ クラマ 十七歳)……それが彼の名だった。
「カッパ少年キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!」
「うっさい!関係ない!!」
 香津美と織子の周囲だけが、異常なほどの盛り上がりを見せていた。
 鞍馬は終始無言で、それだけを書き終えると、すぐさま目的を実行に移す。気づくと香津美の隣の席の男子(野球部の武山)に、無言で詰め寄っていた。
「え???????」
 半ば強引過ぎるその行為を平然とやってのける態度に、クラス中が拍手喝さいを送る。
「あ、ああ……はいはい……」
 するとなぜか、隣りの武山も妙に納得した様子で、その席を彼に明け渡すのだった。
 ただ一人、納得できない香津美を取り残して……。
(いったいコイツは、なんなのよ!昨日から!!)
 織子は早速、ツーショットをカメラに収めている。
「いきなりやるね~、カッパくん!」
「カッパ?……なんだそりゃ?」
 取り合えずその場は、適当にあしらっておこうと担任の土方は思った。
「あー……落ちついたか?……まあ、仲良くやってくれ。それと三神。ホームルームが終わったら、昨日のバット……職員室まで取りに来いよ」
「あ、それ武山のですから……。私のじゃありません」
「そうなのか?武山。きちんと名前、書いておけよ」
「え???????」
 その日は武山にとっても、受難の始まりであった――だが、香津美にとっての苦行にも思える日々は、まだ始まったばかりである。
 授業中のみならず、問題の転校生、倉田鞍馬は、常に香津美の後を付いて回り、果ては女子トイレの中まで入ってこようとした所を、蹴りで撃退されるまでとなっていた。
 あの織子までが、見るに見かねて苦言を呈するほどに、彼の行動は異常なまでに香津美に執着を見せていた。
「ねぇ、カッパくん。そういうのを『ストーカー行為』って言うんだって……。私も前に同じことやって、香津美に怒られたんだー……」
「……俺は、カッパじゃねー! カッパ、カッパいうな!ぶっ!!」
 すかさず鞍馬の頭を張る香津美が、そこには立っていた。
「なに女子トイレの前で大声張り上げてんのよ!恥ずかしい!!」
(気配もなく、俺の背後を取るとは……)
「織子!あんたも、この変態に懐くんじゃないわよ」
 鞍馬はなぜか、やれやれという面持ちで、彼女達の後を付いていくのだった。ただ、その背中越しに神谷サヲリの視線をしっかりと認識しつつ……。

 そんな彼らのやり取りは、放課後までも続いていた。
「もう勘弁してよ……」
 普段は泣き言など言ったことなどない香津美の口から出てきたその台詞は、実によく今の状態を表していた。
「でも、香津美の初恋相手なんだよね?あのカッパくん」
「ぜんぜん違うから!織子、あんた勘違いにもほどほどにしてよね!!」
(コイツも私の頭痛の種には違いないな……絶対)
 香津美がそう思ったいつもの帰り道……やはり例の転校生は、十メートルほどの距離を保って、未だに二人の後を付いてきていた。
「――じゃあ、今日はここでバイバイね」
 そう言うと、織子は鞍馬に向かって駆け寄っていった。
「え?なに?それ……嘘でしょう?」
 この状況下で、てっきり織子は家まで一緒にきてくれるものだと、勝手に思い込んでいた香津美の思惑は、その一言によって完全に打ち砕かれた。
 鞍馬の目の前まで来ると、織子は無防備にも彼の肩へと手を回す。
「私、香津美の親友やってる神月織子。気軽にオリリンって呼んでね!」
「俺は――」
「知ってる。ボディガードの鞍馬くん!香津美のこと、これからもよろしくたのんまっせ!」
 そう言うと、彼の肩をポンっと叩いた。
「ちょ、ちょっと、織子!どこ行くのよー!」
「ん?明日からゴールデンウィークだべ?これからちょこっと小旅行よ!里帰り……かな?」
 その場に香津美を一人取り残して、織子は手を振りながら駆け出していく。
「……もう、助けてよー!!」
 香津美はそんな織子を、ただ見送る事しかできなかった。

「二 それぞれの思惑」 了 次回…… 「三 出会い・わかれ・サイカイ(前編)」につづく