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天空詠みノ巫女/アガルタの記憶【二~三】

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 出迎えた彼女にカバンを渡し、サヲリは無言で邸内へと向かった。
「お食事はいかがしますか?」
「そんなこと……まだ、仕事が残っています。先に後始末をつけてしまいますわ」
「かしこまりました」
(さっきからやかましく何度も電話してきたのは、あなたの方ではなくって?食事などしている場合でないことくらい、百も承知しているはず……本当に面倒な女ですわ)
 このやり取りが、楓華の思い至った最大の『仕返し』だった……。
 因みに――『面倒だ。面倒だ』というのは、サヲリの(本心からの)口癖である。彼女は徹底した完璧主義者ではなかったが、面倒とは思いつつ、物事を後回しにはできない性格であった。

               ☆

 二人は、サヲリの自室でもある執務室へと入っていった。
 サヲリはまだ制服姿のままであったが、構わずどっかと椅子に腰を落ち着かせると、壁に掛かった大型スクリーンを展開していく。
「――報告を」
 スクリーンの中には、恰幅のいい詰襟、眼帯の隻眼男が映っていた。
『……』
 その男の目は、ただぼんやりと空を泳ぐ。
『……』
「報告を!」
 サヲリは語気を強めた。
 回線が繋がっていたことを知り、我に返ったその男は咳払いをして取り繕う。
『――失礼。「呂号第一九すめらぎ」艦長、鏡雷虎であります』
この男とのやり取りは、いつもこうであった……サヲリは怒りを通り越して、もはや呆れていた。
 それは、あの『光の球』を追っていた謎の潜水艦からの通信であった。
「えー……本日、〇七時二十八分。カムチャツカ半島沖、南東十五キロ地点に出現した目標は、千島から日本列島に沿って南下を始め、同日、十六時〇七分。相模、三浦半島付近にて消失……。以降、現時点まで捜索を続行するも、いまだ発見できず……であります……です……」
「……」
 サヲリはこめかみを押さえつつ、その報告とも呼べない代物を黙って聞いていた。
「この度のこの失態……。もはや、我が命をもって償う他なし!自決の覚悟はすでに――」
「わかった、わかりました……。一時帰還しなさい」
 スクリーンに映るブリッジ内からは、安堵の雰囲気が漂ってくる。ただ一人、雷虎だけがキョトンとした表情を浮かべていた。
『帰還……で、ありますか?』
「鏡艦長。実際問題、あなたの『首』が飛んだところで、事態は何も好転しませんの。それに現在まで捜索をして、一向に行方が掴めないとなると……既に上陸されたと見るべきでしょうね。そうなったら最早、『すめらぎ』では対処できないのは明らか。即刻帰還した後、ここで新たな策を講じますわ」
 サヲリは手元にある分厚いファイルを捲りながら、尚も続ける。
「それと……あなたの担当所轄分だけ、今期の事業計画書が未提出のままなのだけれど……」
 『すめらぎ』の艦長である鏡雷虎(カガミ ライコ 三十一歳)は、『表の顔』として神谷グループの一端、地元銘菓『北狐のしっぽ本舗』の代表取締役でもあった。
『えー……その件につきましては……』
 雷虎の言い訳を無視してサヲリは続ける。
「このままでは艦長の首以前に、こちらの首が飛ぶ方が早いかもしれませんわね?……神谷グループは、慈善事業でもNPO団体でもありませんの。……来週の月曜までにしっかりと仕上げて提出すること!いいですね?できなければ緊急役員会議を開いて、あなたは更迭!ヒラよ!ヒラ!!」
 スクリーンの中で雷虎は、大きな体躯を小さく窄めていた。
「はぁ……了解しました。では、一旦戻ります……」
 そう言うと通信は切れた。
 サヲリは座っている椅子を反転し、視線を窓の外へと移す。そこからはささやかながらも美しい夜景が広がっていた。
「ねえ、楓華……。あなたはどう思います?」
「おそらく……目標は既に上陸を果たし……最悪、市内に侵入している虞もあるかと……」
 サヲリはリモコンを手に取り、スクリーンの映像を切り替え、音量を上げていく。
「そうね……。それにしても、これはあまりにも不手際ですわ」
 そこには何度も繰り返し、あの映像が映し出されていた。

『――繰り返しお伝えしています。この映像なんですが……』
『ええ、これが我が国の領海内で起こった他国による軍事演習だとしたら、本当に由々しき問題ですね』
『亜米利加国務省、露西亜外務省、支那外交部は、これを否定する回答を発表している中、政府による一刻も早い原因究明が求められます』

 サヲリはそのニュース映像を、苦虫を噛む思いで見つめていた。
「申しわけありません!……海上保安庁へ提出される以前に、何らかの形で漏れたものと推測されます。鏡艦長より報告がなされた直後には、既に速報として流出していましたので……。情報が錯綜している間に、調査船乗組員への拘束が遅延したのが原因……私共のミスです」
「単なる連携の乱れ?……だけならまだいいのだけれどね 。任務に支障をきたすほどの何かがありまして?まぁ、出てしまったものは致し方ないとして……。ただ、あなたも重々承知しているとは思いますけど、この計画は、私たちの行く末……未来が掛かっている最重要案件ですのよ。それを身内から潰されるなんて、堪ったものではありませんわ。もしまた、このような失態を繰り返すようなら、厳重注意どころでは――」
 それまで言うと、サヲリはやっと楓華の変化に気がついた。
「ほん……とうに……もうしわけ……ございま……せん……」
 楓華は目から大粒の涙をポロポロと零し、サヲリに詫びていた。

「!……」