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天空詠みノ巫女/アガルタの記憶【二~三】

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二 それぞれの思惑

 

「あなた、私のために死ねる?もし、できるなら……ずっと私のそばにおいてあげるわ」
 それが彼女と出会った時の『第一声』だった。

「ほしいもの?……明日のことを考えないで、ゆっくりと眠れるベットがほしいわ。あなた知ってる?『棺』っていうのよ」
 まだ年端もいかない少女の願いを聞いた。

 私はこの子に、何がしてあげられるのだろう?……。
 この子の背負っている物を、少しでも肩代わりしてあげることができるのなら……。

「ねえ聞いて、お父さま。楓華ったらひどいのよ!私のことをいじめてばかりなの!」
 その少女は私のことで不都合があると、決まって父親に言いつけにいった。
 それが唯一、その少女に許された『親に甘える行為』であることは、周囲の者なら皆知っていた。

「そうか……。では、私からよく言って聞かせることにしよう」
 父親は少女にそう告げると、私には
「サヲリのこと、これからもよろしく頼む」
 とだけ伝えてきた。
 この『信頼』を裏切るわけにはいかない。
 私はこれから先、自分の一生をこの少女のためだけに捧げよう……そう決めたのは、今からちょうど十年前のことだった。

               ☆

 神谷サヲリの姿は、黒塗りのリムジンの中にあった。
「理事長代理自ら送って頂けるなんて、なんだか申し訳ない気がしますわね」
「とんでもございません、お嬢さま。私は元々お父上……康介さまの運転手。それ以上でも、それ以下でもございません」
 運転席には白髪交じりの初老の紳士、大川周作(オオカワ シュウサク 六十七歳)の姿があった。
 古くからからサヲリの父、神谷康介(カミヤ コウスケ)の懐刀として仕えた神谷グループの重鎮であり、康介亡き後は緑光学園の理事長代理として、サヲリを陰ながら支えている人物である。
 彼女にとっては数少ないご意見番であり、時には祖父のように感じる……心強い存在であった。
「なんだか、生徒玄関の方が騒がしいようですけど……何かあったのかしら?」
 後部座席の窓を少しだけ下げて外の様子を覗うと、玄関前が下校途中の生徒の人だかりで混雑していた。
「バットを持った生徒が、なにやら暴れ回っているとのことで……」
「そんな生徒はウチにはいらないわね……。転校……いえ、放校処分にした方が良くなくて?」
 興味が薄れたサヲリは、そそくさと窓を閉めてしまった。
「誰しも、『若気の至り』というものがあるのものでございます」
「そんなものですか」
 ヘルメットを被り金属バットを握り締めた香津美の姿が、彼女の脳裏を過ぎっていく。
(……まさかね)
「でも、バットを持って暴れ回るなど、かなり尋常ではない気がしますわ」
 つい先ほど、屋上で織子を焚きつけたことなど、とうに忘れてしまっているサヲリであった。
「土方教諭にでも一報入れておきましょう」
「そうね」

 高等部の校門を出ると、正面には巨大な朱の鳥居に差し掛かる。
 緑光学園の敷地を出入りするには、必ずここを通ることになる――鳥居自体が結界とセキュリティの役割を担っているのだが、過去に一度、ここを突破されたことがあった。
 当時の『第三種接触事件』のことは、サヲリにとっても記憶に新しいことである。
(問題はあの子……神月織子。まさか、例の一件にも絡んでいるってことはないかしら?……むしろ、手引きをした張本人ということも考えられますわ)
 生徒名簿には、気になる記述は特に見当たらなかった……ただ、一点だけ――担任による家庭訪問時における『家庭内環境調査』は、全て『父兄不在のため完遂できず』となっていた。
 しかし、両親共働きが当たり前の時勢にあってまま見られる事象であり、ことの他問題視すべき点でもなかった。

 それが、一般の生徒であるならば……。
 
 神月織子は最近になって、執拗にサヲリの身辺を調査している節がある。
 先刻の屋上にて彼女のデジカメをチェックした際、サヲリが気づかぬうちに撮られていた写真が何枚か含まれていたことを思い返していた。
(しかも彼女は、三神香津美と親密な関係にある……。面倒だけど、このまま放っておく訳にもいきませんわね……)

               ☆

 サヲリを乗せた車は、とある大邸宅の敷地内へと入っていく。
 やや荘厳すぎる玄関前に横付けされると、一人の女性がそれを出迎えていた。白地に青い花の刺繍が施されたアオザイに身を包んだ彼女は、車が停車するのを見届けると同時に後部のドアを開く――するりと足が伸びると、サヲリは車外へ降り立った。
「おかえりなさいませ」
 サヲリを出迎えた彼女の名は、水嶋楓華(ミズシマ フウカ 二十六歳)。管内のレジャー施設や宿泊施設を営むカミヤ観光の取締役の肩書きを持ち、幼少の頃より公私にわたってサヲリのサポートに全心血を注いできた女性であった。
 そもそも『神谷家』は、昭和の初期よりこの地方で多角経営に進出し成功を収めてきた家柄で、それに従じる者達もまた、何代にも渡って支えるのが習わしであった。
 楓華の家もその例に漏れず、彼女自身も幼少よりサヲリの遊び相手としてこの家に入り、青春時代の日々をサヲリの成長と供にあった。
 それが彼女……サヲリが一番に信頼を寄せる存在――忠実なる者であった。

 ただ、楓華は現在、かなり苛ついている。

 最愛の主人の傍らにいることのできない現実……。
 その切なさにも似た感情……。
 先から連絡を取ろうにも、一向に相手は電話に出ない腹立たしさ……。
 もうすでに授業は終わっている時間にも関わらず――今日は特に、生徒会などの実務もないことも承知している。
(まさか、彼女の身に何か重大な事態が起こった?……ことなどあるはずがない)
 万一にもそんな事態となれば、彼女の身辺を本人にすら気づかれぬよう警護させている者達から、『いの一番』で知らせが届くことになっている。
 そんなことを思い巡らせながら、彼女の指はリダイアルをやめようとはしなかった。
 三十七回目の発信で、ようやく彼女と繋がった――だが……その想いとは裏腹に、たった三十三秒でその通話は一方的に切られてしまう。
 こちらが用件を伝え、彼女がそれに答えただけの内容……。何度もその手の中の携帯画面を確認してはみたが、表示は変わることはなかった。
 ――通話時間三十三秒……。
 なんと理不尽なことだろう……と、楓華は思った。
 用件を伝えるため、小一時間の間に三十七回電話を掛け、いざ繋がると三十三秒で切られてしまう。
(それが自分が選んだ、私とあの子との関係……)
 致し方ないとも思うのだが、それにしてもこの仕打ちはひど過ぎる……とも思う。
(いったいお前は、何に対して苛立っているのだ?)
 客観視する別の自分が俯瞰から見下していた。
 ともあれ、この気持ちを整理するためにも、何か『仕返し』をしなくては……と、企てを思案している。
 サヲリにとっての一番の側近でありながら、『かなり面倒な性格』を持った従者であった。