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タマ与太郎
タマ与太郎
novelistID. 38084
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経費削減

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 俺は予定どおり7月1日に在庫管理の部門に異動になった。初めての仕事なので戸惑いもあったが3カ月も過ぎた頃には随分仕事にも慣れ、自分のペースを掴むことができた。暑い夏が過ぎて涼しくなり始めた頃、会社の上期の決算がネットの社内掲示板にアップされた。俺は暇つぶしに損益計算書(P/L)を眺めていると、ある勘定科目が目にとまった。
―― システム使用料 ――
数字の欄には約600万円という金額が記載されている。上期で600万円ということは年間で1,200万円だ。役員の年収ほどの金額に俺は愕然とした。
「いったいどんなシステムにこんな大金を払っているんだ」
 俺は親しい財務の人間にP/Lにあるシステム使用料のシステムが何のことか聞いてみた。その答えを聞いて俺はもう一度愕然とした。それは販売管理部門の基幹システムで、なんと俺が毎日入力しているあの退屈な在庫管理のシステムも含まれているらしい。
 俺はあの梅雨の時期に居酒屋で交わした坂口との会話を思い出した。節電をしながら定年まで波風立たせず会社に居残るという、ある意味開き直った坂口の意見に対し、俺はもう少し前向きな考えを持っていた。
 この巨額のシステム利用料を何とかできないか。ちまちまと照明を消して、一体幾らくらい電気代が安くなっているのか実感のない作業に労力を使うよりも、数値としてはっきりとしたコストダウンを目指した方がはるかに有意義だ。しかも金額も大きい。
 俺はその日から自分の会社の基幹システムについて調べ始めた。情報システムに詳しい同僚からヒアリングを行い、ビジネス書を読みあさった。インターネットを駆使して、可能な限り最新の情報も収集した。総務人事時代の人脈から、名の通ったシステム会社の営業マンを紹介され、話を聞くこともできた。
 俺たちが使っているこのシステムはかなり古いものであることが分かるまで、そう時間はかからなかった。システムを導入したときに在籍していた人間はほとんど退職しており、使用料が高いと知りつつ惰性でこの時代遅れのシステムにかじりついている事実も判明した。
 だからと言って、一社員の思いつきのような提案がそう簡単に受け入れられるわけがない。システムの換装という会社の意思が反映する大掛かりな事業が、そう安々と実現できるとも思っていない。しかし俺は怯まなかった。
 数年前に「業務改善提案」という仕組みが会社にできた。日頃の業務の無駄を省いたり改善したりする提案をレポートにまとめ、社長に提出する。その提案が採用されると、規模や実現度合に応じて報奨金が貰えるというものだ。俺は以前給与明細をネット配信してペーパーレス化を図る、という提案を出したことがある。しかしそれは時期尚早という理由で当時の部長の手で揉み消され、俺もそこで諦めてしまった。
 給与明細のネット配信は今年の春に導入された。何年も前に俺は提案していたのに、と嘆いてももう遅い。当時この案を揉み消した部長が苦笑いしながら俺に言った言葉が忘れられない。
「ああいうのはな、言い続けなければ意味がないんだよ」
 俺は、何年かかってもシステムのリプレイスを提案し続けようと決心した。給与明細のときのような悔しい思いはしたくなかった。マイナーチェンジをしながら俺は提案書を提出し続けた。
 会社は初めのうち何の反応も示さなかった。しかし、システムの交換時期が訪れていた偶然と、ハイエナのようにしつこく提案書を提出する中年管理職を前に、会社は少しずつ、しかも確実に動き始めていた。
作品名:経費削減 作家名:タマ与太郎