忘れられた大樹 後編
セベルは、柔らかにしなるブドウの木の枝をアースに渡し、そして、次に子供たちを見た。
ブドウの木を渡されたアースは、一瞬、難しい顔をしたが、一言「分かった。」とだけ言った。
一方、セベルに促された子供たちは、席を立ってハルの元に駆け寄った。そして、首にかけていた麻の紐を手繰って服の中から引っ張り出し、その先についていたどんぐりをハルに見せた。
「これは?」
驚いて、二人の子供を見るハルに、セベルが言った。
「あなたの一部です。あなたのやろうとしていること、そして、これから起こるであろう事をナリアは既に知っている。風に舞うトネリコの葉に託したアースの伝言は、ナリアに伝えられました。そして、その情報を元にナリア自身が判断したことを、彼女自身の依り木をもってアースに答えられました。ハル、もう一度、伺っても?」
セベルは、ハルに緊張した視線を送った。
もとより、その質問が来ることは分かっていた。ハルが、これからやろうとしていることはそういうことだ。何度でも聞き返され、何度でも疑われるだろう。それほどまでに、自己に犠牲を強いることだった。それほどまでに、ハルは、ハル自身の誇りと命をもって、自分自身の森に対する責任を果たしたかった。
シリンの中でも、ハルにしかできないことをしたかった。
「何度お聞きになっても構いません。その度私は何度でも首を縦に振るでしょう」
「そうですか」
セベルは、なんとなく残念そうに、ハルを見た。すると、今度は子供たちがハルに詰め寄った。
ハルの着ている服の袖を引っ張り、膝を掴みながら、訴える。
「だめよ、ハル!」
今にも泣き出しそうな声で、カレリが言った。
「セベルとナリアから全て聞いたわ。他に方法はあるのに、どうしてハルじゃなきゃいけないの?」
「そうだよ! この森には他にもシリンはいるじゃないか。何もハルがやること、ないよ」
涙をこらえて訴える小さな子供の頭を撫でて、ハルはその優しげな瞳を子供たちに向けた。そして、静かに椅子から立ち上がると、子供たちの前に膝をついて、そっと抱きしめた。
「他のシリンには出来ないんだ。森の中で一番年老いているのは私だからね」
「でも、ナリアさんたちは? ものすごく年を取っているんでしょ?」
「彼らは『星のシリン』だ。木を依り代にして地上に降り立っている『星の魂』なんだ。私たちのような『シリン』とは、わけが違う。その能力も特別なら、生きるべき時間もやるべきことも全ての次元を超えている。私たちと同じ時を生きることが出来ないんだ。だから、私たちの時間には介入できないんだよ」
「そんな、難しいこと、分かんないよ! ぼくは、僕たちはハルに」
そう言って俯くサムとカレリから離れ、ハルは二人の首から下がった二つのどんぐりにそっと触れた。
「私の子供たち。大丈夫、この実が、永劫に私と君たちを繋いでくれている。この先どんな事があっても、私は私であり続ける。そして、君たちのそばにい続ける。分かるね?」
二人の頭を撫でると、ハルは、立ち上がってまた宴席に着いた。
サムとカレリは、歯を食いしばって、そのままハルから離れて再びセベルの隣に行き、席に着いた。納得はしていないだろう。しかし、子供なりに理解はしたようだ。
「泣かないで」
俯いたままの二人に、ハルはそっと声をかけた。
「これきりの別れじゃない。私はしばらく忘れられるかもしれない。でも、またすぐに会えるから」
子供たちは、黙ったまま、ただ頷いた。
すると、フォーラがおもむろに席を立ち、明るい声で宴会の再開を告げ、二人の子供たちを抱きしめて、なだめ始めた。
フォーラの明るい声と話で、みなの表情は和らぎ、サムとカレリも笑顔を見せ始めた。
その日は、そのまま夕食を終えて皆が眠るまで、宴会は続いた。
作品名:忘れられた大樹 後編 作家名:瑠璃 深月