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校正ちゃん

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——校正ちゃん1


 校正ちゃんは、僕の頭の中に住み着いていて、コトあるごとに姿を現す——。

 昨日の昼休み。僕は、会社の外でランチを食べて、自分の部署まで戻ってくる途中に配布書類用ポストへ立ち寄った。引き出しの中に、健康診断のお知らせが1枚入っていて、それを何気なく見ていたときのことだった。

<2012年度秋期健康診断のお知らせ>

定期健診は、健康管理のためにとても大切です。全ての項目を受信してください。

 都合上、かなり省略した部分があるけど、上の文章に差し掛かったとき、僕の頭の中で、けたたましいビープ音が鳴り響き、お知らせが書かれたA4用紙の上に、手のひらサイズの白いウサギのぬいぐるみのような格好をした、校正ちゃんが飛び出してきた。今日は、黒のレオタードに網タイツ、赤く結んだリボンを耳に着けている。ちなみに、校正ちゃんの姿は僕にしか見えない。

<<警戒警報、警戒警報。第1種誤変換、同音異義語。1カ所>>

 あんまり長くもない両耳の下、ちょうど、目に当たる場所に切られている大きなバッテンの形をしたランプがビカビカと点滅して、警報が発令中であることを示していた。校正ちゃんは、真っ赤なハイヒールを履いた後ろ足を伸ばしてすっくと立ち、短い前足で、文章の最後の方を指している。

「あぁ、受診ね。ま、単純なヤツだな」
「いいえ。単純なほど、記述者には気づき難いケースだってあるのよ」
「はいはい、そうですね。わかってますとも」

 姿と同様に、僕にだけ聴くことのできる校正ちゃんの声は、ぬいぐるみ的な外見からすると、舌足らずでたどたどしいようなイメージがあるんだけど、意外に滑らかな発音・発話で、非常に聴き取りやすい。まぁ、こういう目的の為の存在なのだから、合理的に出来ているのは当然なのかもしれない。僕よりも少し年下の女性、といった感じの声と口調で話す。

「キミは、そうやって、すぐわかった振りをするんだから。そもそも……」

 また、いつもの小言が始まった。

「人間が文章を書くとき、それがたとえ音読を伴わないものであったとしても、言葉は、頭の中で音声情報として扱われるのがフツウなんだよね。もちろん、意識すれば視覚情報として思い浮かべることもできるけど、それだと、大量の言葉を処理する場合に、すごく効率が悪くなってしまうわけ。だから、言葉を音声情報として認識して頭の中で扱いやすい状態にしておくことが、文章を書くに当たっての大前提だということよね」

「何だかややこしいけど、さっきのヤツと、どういう関係があるんだよ?」
「ピンと来ない? 同音異義語っていうのは、どういう語のこと?」
「読むときや話すときは同じ音だけど、表している意味が異なる言葉……」

「正解。さっきの例でいけば、受信も受診も発音すれば同じ、じゅしん、よね。ということは、頭の中での区別が全くついていないということになるのよ」
「え? ちょっと待って、そんなことないだろ。意味はドコ行ったんだよ?」
「意味? もちろんあるよ。だからこそ、正しく使い分けてる人の方が圧倒的に多いわけよね」
「だって、さっきは、同じ音だから区別がついてない、って言ったじゃないか!」

「言ったね。だけど、それは、受診を受信って書いちゃったり入力しちゃったりする人の頭の中の話だよ。フツウに文章を書く訓練をしてる人なら、言葉の音声情報に視覚情報や意味情報を結びつけて記憶してるから使い分けが可能なんだけど、そうじゃない人はもちろん、たまたま視覚や意味に繋がってる糸が切れたり混線したりすることが、人間の頭の中では起こってしまったりするんだよね。それが、同音異義語の使い分けを間違える要因ってわけ。意識してやってることじゃないから、自分で読み返しても気づかないケースが多いのよ」

「あぁ、そういうことか、なるほど」

「それから、誤変換っていうのは、言葉を入力するとき、モニター画面で確定させる前に視覚で正誤を判断するクセがついてないことが原因ね。変換候補が出て、選択したと思った瞬間に目が離れてしまうわけよね。あと、候補がひとつしか出なくて、それが正しいと思い込んでしまうことだってあるし、うろ覚えの言葉を入力ソフト頼みで無理に漢字に変換しちゃう場合もあるけど、そういうのは、かなりの少数派よね。我々、校正者の最重要の心得としては、言葉の並びを、まずはビジュアルで捉えるってことよ。そうすることによって、初見で誤変換を見抜く力を養うことが……」

「あの、そろそろ、仕事に戻りたいんだけど?」

「まだ説明の途中なのに……いいえ。それより何言ってんのよ! 誤変換した所、早く直させないとダメでしょ!!」
「えー、アレくらい、放っといてイイじゃないか」
「アレくらいって、最近、日和りすぎてない? そんなコトで、どーすんのよ」
「そっちこそ、いい加減にしろよ。アレ書いたのって、多分、いつもの総務課の女の娘だろうけど、もう、あの娘を泣かすのイヤだよ」
「間違い直すくらいで泣くなんて、どうかしてるんじゃないの? 正々堂々と主張しなさいよ! あなたの文章は間違っています、って。それが、キミの使命なんじゃないの?」
「そりゃ、まぁ、そうなんだけどさぁ……」

 このままでは、また言い負かされてしまうと思った僕は、健康診断のお知らせを配布書類用のポストの中へ素早く戻して、足早に、その場を立ち去った。
 校正ちゃんが、まだ何かごちゃごちゃと喚いていたけれど、キッパリと無視してやった。さっきの書類から一定の距離をとってしまえば、僕の頭の中に戻らざるを得ない。ざまあ見ろ。あはははは。

作品名:校正ちゃん 作家名:ひろうす