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瑠璃 深月
瑠璃 深月
novelistID. 41971
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忘れられた大樹 前編

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「その狐の毛皮ですが」
 ハルは、肩を落としながらもふと思い立って、婦人に尋ねた。
「海の向こうではもう、とれないのでしょう」
婦人は、頷いた。
「そうなのよ。どうしてか、狐が住んでいる森ね、あれが突然なくなってしまったみたいなの。まあ、ちょうど狐を捕りすぎて毛皮も手に入らなくなっていたから、仕方がないと諦めたみたいなんだけれど」
「突然、ですか?」
「ええ、そう。突然に。私も聞いてびっくりしたんだけどね。この街の毛皮商人がその町に行ったら、誰一人その森を知らないって言うのよ。いままで誰一人としてその町の人たちはその森を知らないことなんてなかったのにね。不思議でしょう。さらに、その商人は、不思議に思って森のあった場所に行ってみたの。そうしたら、これも不思議なことなんだけど、森はちゃんとそこにあったのよ。でもね、入ってみると、森に足を踏み入れたとたんに、目の前に小さな銀色の木が立っていてね。たしか、彼の背丈ほどもない小さな低木だったんだって言うんだけど。その木が一本あっただけで、あとは、回りにその銀色の木と同じ色の草が生い茂るだけの草原になっていたって言うわ。そこには獣はおろか、虫一匹もいなかったって」
「そうですか」
「あら、驚きもしないのね」
婦人は、二杯目のミルクティーを注ぎながら、笑った。何が楽しいのか分からないが、彼女は話が長い。ハルは少々聞き疲れていたが、それでも重要な情報なのだから聞き漏らしてはいけないと思い、そのままにしていた。
夫人は、そんなハルを興味深そうに見た。
「そういうの、知っていらっしゃるの?」
 婦人の問いに、ハルは黙ってしまった。
 銀の森。
 間違いない、夫人の言っていた森とは、銀の森のことだ。
 目の前に注がれた紅茶は冷め、二杯目を注ぐためのポットの中の茶は混濁して濃くなり始めていた。
先ほどの青年はこのことを知っていたのだろうか。その上であのようなことを言ったのだろうか。ハルには半分程度しか理解できなかったが、風の刻印がどこかで関係したことなのだろう。あの、もう一つの地球のシリンが知っているということは、このことをナリアも知っているということだ。弧の惑星の、地球のシリンであるナリアならば。
 ハルが考え込んでいると、突然婦人が立ち上がった。
「あなた」
 婦人は、座っているハルの頭の上をはるかに見つめて、言った。
振り返ってみてみると、ちょうど彼女の視線の先に、お洒落な紳士がいて、喫茶店の入り口から入ってこようとしていた。近寄ってくる店員に彼は「待ち合わせ」と告げ、こちらに寄ってきて婦人の隣に来ると、ハルに挨拶をした。
 立ったままの彼らに対してハルは静かに立ち上がり、紳士の差し出した手を握り返した。
「はじめまして、妻から話は聞いてますよ、話にたがわず、麗しい方だ。どうぞおかけになって。」
 腰を下ろすと、紳士は給仕にコーヒーを頼んだ。
「私は、ロックストンと申します。お会いできて光栄ですよ」