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瑠璃 深月
瑠璃 深月
novelistID. 41971
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忘れられた大樹 前編

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「そうか」
青年はそう言って苦笑いをした。ハルが歩きはじめると、それを止めることはなかった。ただ、街道の端で時々ハルの後姿を見守りながら、その鋭い瞳を蒼穹に馳せていた。
 そして、ハルの姿が見えなくなると、ゆっくりと、街道を森の中に向かって歩き始めた。
 ハルは、青年と別れてから少したって、ようやく町に着いた。
 そして、大通りから細い路地まで、全てを見て回って、ようやく一軒の店を探し当てた。
まだ暑さの残る秋の初めだというのに、その店のショーウィンドウには様々な毛皮で作った服や靴が並べられていた。人の多く集まる広場の一角を占めている大きな店で、中に入ると何人もの店員が店内の商品をきれいに拭いたり並べ替えたりしていた。中には数人の客の応対に追われているものもいたが、その中にサムの母親の姿は見えなかった。
 街で一軒だけのその毛皮の店を出ると、ハルは、広場に出て中央にすえつけられた噴水でひとまずの休憩を取った。
 そのときだった。
「あら、あなたはハルね!」
 どこからか、聞き慣れた明るい声が聞こえてきて、ハルはそちらを振り向いた。すると、ちょうどその方向から、一人の着飾った貴婦人が走り寄ってきた。
 村にいたときとはうって変わって化粧も濃く、色んなものをごたごたとつけていたが、その声も顔も、紛れもなく、サムの母親だった。
 彼女は、ハルの元に走ってくると、息を切らしながらこう言った。
「森の長老様が、どうしてこんなところにいらっしゃるの? もしかして、サムが寂しがっているのかしら?」
まだ暑さが残る頃にもかかわらず、彼女は毛皮で飾られたブーツを履き、薄手のコートを羽織っていた。ヒールの高いその靴をカツカツと言わせてこちらに近づいてきた彼女は、森にいたときと同じような明るい声で、しゃべりまくし立てた。
「ほら、ハル、キレイでしょ? この秋の新作なのよ。私の新しい旦那はね、私のことを綺麗だと言ってくれて、それで新作のモデルに起用してくれたの。だから、こうやって服を着て町の中を目立つように歩き回っているのよ。私に目を留めた人は、嫌でも目立つ私の格好を見てこの服が欲しくなるの。ひとつの宣伝のようなものね。あ、この毛皮なんだけどね」
 女は、羽織っていたコートの襟についている茶色の毛皮をハルに見せた。
「これ、輸入物なんだけど、全部狐の毛で出来ているのよ。最近は海の向こうでは乱獲で狐の毛も減ってきちゃって、どんどん高価になっていくんだけど、うちはそれでもお客様第一だからって、赤字覚悟で去年と同じ値段で売るそうよ。お客様を逃がしてしまったら私たちも食べていけなくなるでしょ。だから、お客様の心を掴むために、こうしているの。なかなかできた人だと思わない?」
 目の前で着ているものを見せびらかす婦人の姿に、ハルは半分呆れながら黙ってそれを見ていた。
 婦人はそれからも、自分の提げている鞄や靴、帽子などの自慢をした上で、ハルの手を引っ張って近くの喫茶店に連れて行った。
 中に入ると、広場に面したガラス張りの席に案内され、そこに腰を下ろした。婦人はコートを脱いで紅茶を二杯頼み、窓側に寄って廊下側に一人分の席を空けて、ハルと向かい合った。
「ここで、旦那と待ち合わせをしていてね、すぐ来るわ。あなたも会ってみたら気に入ると思うわよ。とても素敵な紳士よ」
「そんなことより、奥さん、どうして森を出たりなんかなさったのですか。サムも旦那さんも、随分と落ち込んでいた。突然出て行ったので、私たちも驚きましたよ」
 店員が紅茶を持ってきてテーブルに置き、それを一口飲んで、少し落ち着いてから、ハルは婦人にそう告げた。
 すると、婦人は紅茶にミルクを入れながら、苦笑して肩を落とした。
「せっかく忘れようとしていたのに」
 婦人は、そのまま寂しそうな笑顔を浮かべて話し始めた。
「森の村の生活は、それは素晴らしいものだったわ。サムも、町で学校に通っている時に比べたらずっといい顔をしていたし、あの人も自分のしたいことが出来て満足しているようだった。 でもね、私は、満足できなかった。あの村では、私はサムの母親であのひとの妻でしょう。一人の女としての私はいなかった。祭りの時でも皆は着飾って踊るけれど、私は料理の準備で大忙し。街と違っていい化粧品もなければお洒落な服もない。お祭りの時に着る衣装なんて、日常に着て歩けるものではないわ。それでも、それでもよ、そんな生活にうんざりしながらも私はなんとか溶け込もうとしていたのよ。女であることを捨てても、ただの母親でしかなくなっても仕方がないのだって。そんな時に、私は、森の中で迷っている一人の男性を見つけたの。彼は、森に狩をしようと入ってきて、一昼夜迷い続けた挙句に森の村の近くまで迷い込んでいたのね。私はつかれきった彼を家でもてなして、一日泊めたうえで街道を案内して彼をこの街まで送ってきたの。そのときにね、彼、私を見初めてしまって。それからというもの、私は一週間に一度、この町に通って彼に会ったわ。彼は私が来るたびにキレイな服を用意してくれて私に着せてくれた。上質な化粧品も買ってくれたし、私のことをキレイだとも言ってくれたわ。そんな生活を続けていたら、森で我慢している私がバカバカしくなっちゃって。それで出てきたの」
「そうですか」
ハルは、そう言って肩を落とした。
こうなってしまっては、もう彼女を森の村に戻す道理はない。
 彼女の求めるものは、もう森にはなかったのだ。