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瑠璃 深月
瑠璃 深月
novelistID. 41971
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忘れられた大樹 前編

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その話を聞いて、父親の横にいたサムが、顔を紅潮させて、こう言った。
「嫌だよ、お父さん! ぼくはこの森も、カレリも、ハルも大好きなんだ。お母さんがいないのは寂しいけど、みんなと別れるのはもっと嫌だ。ぼくは街になんて帰らないよ!」
 すると、長老と共に考え込んでいたハルが、サムの頭をそっと撫でた。
「大丈夫だよ、サム。私達も君が大好きだ。ほかのところにやったりはしないよ」
 そう言いながら、その緑色に澄んだ瞳をサムの父親に向けた。
「奥さんの行った先は、毛皮を扱っているのですね」
 父親が頷くと、ハルはサムから離れて、回りに座って話し合っている村人たちを眺めた。
 彼女の動機を考えると、毛皮を求めて毛皮商人がこの森を荒らしに来るかもしれない。サムを迎えに来るというのも、おおかたは口実だろう。ならば、ハルはこの森を守る義務がある。
 そう考えながら、ハルはふと、サムの隣で不安げにしている赤毛の少女を見た。
 カレリを悲しませるかもしれない。
「私は」
 周りを囲む村人たちに、ハルは言った。
「私は、街に行って様子を見てこよう。サムのお母さんがどんな様子かを確かめてくる。そして、話を聞いてみよう。サムは私が町に行っている間、カレリを家に泊めてあげて欲しい」
 すると、サムの横にいたカレリが、サムと同じように顔を紅潮させて、こう言った。
「あたしも行く。ハルと離れるのは嫌よ!」
 すると、ハルは、まだ小さなカレリの正面に来て膝をついた。
「これっきりの別れではないんだ。またすぐに会える」
 そう言って、カレリの肩を抱いた。
「嫌。ハルと別れるのは嫌。私のお父さんとお母さんも、そう言ったけど、私を家に置いたまま外へ出て行って、戻ってこなかったわ」
 カレリは、そう叫ぶように言ってハルにしがみついた。ハルは背が高い、カレリを見下ろす形になっていた。少女の頭をそっと撫でる。
「今は戦が起きているわけじゃないよ、カレリ。戦は終ったんだ。だから、私は死んだりしない。この森の、私の魂の宿る大樹が枯れてしまわない限り、私も死んだりはしないよ」
 そう言ってハルはカレリを放した。
 少女はそれでもハルと別れるのが嫌だと言い張ったが、彼は、村の長老の家に泊まって、その次の日の朝、皆がまだ眠っている間に村を出て行ってしまった。
ハルが村を出て行ったその日の昼、家に籠りっきりの父親に、サムは言った。
「どうしてお父さんは行かないの?」
 すると、父親はこう答えた。
「お母さんの言っていたことを、お前も聞いただろう。『あなたに話すことは何もないわ』って。今更私が彼女に会ったところで、彼女は私を避けるだけだ。ハルの旦那に行ってもらったほうがいいんだよ」
 それを聞いて、サムは悔しくなった。
「お父さんは、それでもいいの? カレリは、ハルが出て行ったことを知ってからというもの、ずっと泣いてばかりだ。ぼくは嫌だよ」
 そう言い捨てて、サムは父親のいる部屋から出て行った。一人残された父親は、頭を抱えながら俯いていた。
 サムは、部屋を出るとまっすぐにカレリのいる部屋のドアを叩いた。すると、泣きはらして赤くなった目じりをこすりながら、カレリが戸を開けた。
 サムは、周りに誰もいないのを確認すると、カレリの部屋に入って、出来るだけ小さな声で、カレリにこう言った。
「ハルに会いに行こうよ」