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瑠璃 深月
瑠璃 深月
novelistID. 41971
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忘れられた大樹 前編

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ハルは、容姿はすらりとした細い木に似て、美しい顔立ちを持った男性だった。
おおよそ森の人とはそういうもので、伝説には森の木々の魂が人の体を借りて生まれてきたものだと語り告げられている。彼らは森と共に生き、その魂の宿る母木と寿命を共にする。木が枯れれば森の人は死に、森の人が死ねば木も枯れる。
 その森の人のことを、ナリアは「シリン」と呼んだ。
 伝説ではなく、事実に存在する彼らは、長年の学術研究でその学名を付けられていたのだ。
 その「シリン」であるハルは、この森の最も長寿であり、最も大きな樫の木のシリンだった。
彼は、二千年もの昔からこの森に住んでいた。この森の村が興り、そして人が暮らしていくのを見てきたのだ。収穫となれば村の人間を手伝い、祭りとなれば出て行って美しい音色を奏でる笛を聞かせてくれた。時には同じシリンたちと共に村にやってきて、森で狩をした兎や猪の肉を分けてくれることもあった。
 そんな暮らしをしていたある日、外の町とこの森の村が街道で繋がっていた頃に、村に新しい住人が四人、住みついた。
 その中の三人は小さな子供を持つ父と母の家族、そして一人は森の外で起こった戦で寄る辺を失った少女だった。
 少女は名をカレリといい、両親と共にこの森にやってきた少年はサムと言った。
 家族は村に一軒の家を建ててそこに暮らし、少女はハルが引き取って育ててやることにした。
 彼らは何不自由なくこの村で暮らしていた。村人は彼らを悪いようには扱わなかったし、初めて畑を耕す時も親切に教えてやった。少女がハルに引き取られた時も、村中で祭りをあげた。家族の家を作るときも、共に力を合わせ、出来上がったときは各々が自慢の果実酒や料理を振舞って祝ってくれた。春や秋の祭りには一緒に歌い、共に踊り、森に狩をしに入るときは、迷わないようにとシリンと共に入って狩をした。
 ハルは事あるごとにカレリをつれて村を訪れていたので、カレリとサムはいつの間にかかけがえのない友人になっていた。
 二人の子供にも、その家族にも、この村での暮らしは幸せなものだった。しかし、そんな幸せな生活は長くは続かなかった。
 サムの母親が、森を出て行ってしまったのだ。
 その日、村の長老やハルに、サムの父親はこう言った。
「あいつはこの森の生活が気に入らなくなったと言っていたでも、違った! 毎週のようにこの森から抜け出しては外の町にいる金持ちの男と出来ていたんだ!」
そして、サムの父親はこう続けた。そのことを知っても彼女を咎めなかったが、彼女は私のせいだといい、贅沢な都会の暮らしが懐かしくなったのだとも言っていた。ここには十分に着飾れるほどの美しい毛皮を作ることの出来る獣たちがたくさんいるのに、何故かシリンたちは余計に狩ろうとしない。私もサムも、そのシリンたちの言うとおりに暮らしているのだが、それで満足しているのがおかしいのだとも言っていた。その日、その週食べていくのに必要な分だけしか獣を狩らないし、その獣の皮を美しいコートに仕立て上げることもしない。だから、この森にはうんざりしたという。彼女にとって幸いなことに、付き合っている金持ちは沢山の毛皮のコートを売りさばいているお洒落な店の主だという。落ち着いたら、彼女はサムを引き取るためにもう一度この森を訪れるそうだ、と。