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瑠璃 深月
瑠璃 深月
novelistID. 41971
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忘れられた大樹 前編

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すると、話を受けた銀の髪のナリアはこう返した。
「私たちもそうしたいけれど、あなたは、私たちとずっといることが出来ないの。私たちはまた旅に出なければならないし、あなたは、どこかで落ち着いて暮らさなければならない。幸い、この村の人たちは私たちの家族と同然。あなたのことは、私たちの子供であるかのように接してくれるでしょう」
ハルは、口を尖らせる。
「でも、ぼくは、大人が嫌いなんだ」
ナリアたちは大人だけれど、今まで彼の周りにいた大人たちとは違う。いつもハルによくしてくれた。いけないことをしたら怒られたけど、嬉しかった。だから、今更ほかの大人に付き合わなければいけない理由はない。この村の人たちにしても、本当は心の中で自分のことをどう思っているか分からない。都会から変な子供が来た、と、そう思われて終わりだ。
そう思ってすがるような気持ちでナリアたちを見た。すると、その美しいナリアは、こう言って笑った。
「そんなことはないわ」
 ナリアは、棒立ちになっている少年の下に膝をついた。
「あなたと出会ったとき、あなたは実のお父さんとお母さんに酷い仕打ちを受けていたわね。『お前なんかいなくなればいい』って言われて、家を飛び出して。更に、近所の子供たちにいじめられて体も心もボロボロだった。私たちが助けた時は、命が危なかったわ。だから、街の偉い人に掛け合って、私たちはあなたを引き取ったわね。人が信じられないのもよく分かるわ。でもね、あなたには、知って欲しいの。そうじゃない大人もいるんだって。優しい人、臆病な人、怖い人、心の豊かな人。それに、この村を囲んでいる森は、特別な森よ。ずっと、ずっと昔から、街の人に忘れられてきた森。とても素敵な森の人にも会えるわ」
「森の人?」
「そうよ。この村の人ではない、森の人。ずっと、ずっと昔から、この森と、この森の木々を守ってきた人たちよ。私達は、あなたにその森の人たちに会ってほしいの」
「会って、どうするの? ぼくは、そんな人たちと合いたくなんてない。ナリア達と旅がしたいんだ。馬がたくさん走っている草原とか、広い海とか、そういうのがもっともっと見たいんだ」
「そう」
 ナリアは、必死に訴える少年の頭をそうっと撫でた。そして、にこりと笑うと、少年の肩に手を当てて、こう言った。
「では、こうしましょう」
人差し指を立てて笑いかけるその瞳は瑠璃色で、透明感のあるきれいな色だ。一瞬、少年はみとれてしまった。ナリアはえもいわれぬ美女だ。その美女は続ける。
「あなたはここで、一週間、村の人たちとお祭りを楽しんで、名前を貰いなさい。そのあと、私とセベルはもう一度旅に出るわ。そして、一年経ったら必ずここにまた帰ってくる。だから、それまでの間、どんなことがあってもこの村で暮らしなさい。そうして、私たちが帰ってきたその日、あなたにもう一度聞くわ。その時、やっぱりどうしても私たちと旅に出たいと思ったら、そう言いなさい。私達は、あなたの命のある限り、一緒にどこまでも広い大地を旅しましょう」
「名前は、どうしても貰わなきゃいけないの? ぼくは、ハルじゃいけないの?」
 少年が尋ねると、ナリアは苦笑した。
「ハルという名前はね、ずっと前に忘れ去られてしまった、ある森の人の名前なの。彼は、私たちの大事な友達だったわ。でも、ある日、彼はこの森を守るために、あることをしたの。そのために、彼は人間の姿を捨てて、魂だけの存在になってこの森を守り続けている。彼のことはこの森の村の人たちには語り継がれているけれど、外の人たちはすっかり忘れてしまっている。だから、ほかの人にはあげられないの。」
 少年は、それを聞いて黙ってしまった。
 そんな大切な名前だったなんて、思っても見なかった。そんな名前を、仮とはいえ、授けてくれた。少年は、心の中で嬉しさと切なさを一緒に噛み締めていた。
 黙ってしまった少年を見て、ほかのところで仕事をしていたセベルがやってきて、ナリアと共に少年の目の前に座った。
「ハルの話を聞きたいかい?」
 黒い髪のセベルは、少年にそう言った。
 少年はぜひとも、ハルの話を聞きたくなった。
 少年が頷くと、セベルはナリアと共に、ハルの話を少年に聞かせてくれた。