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瑠璃 深月
瑠璃 深月
novelistID. 41971
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忘れられた大樹 前編

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忘れられた大樹


広大な森の中に、小さな村があった。
 その村は、香りのよい木々に囲まれ、背の高い針葉樹と、秋になれば紅葉して葉の落ちる枝の広い木の混ざった広場に紛れて佇んでいた。様々な生活の様子を見せる温かな土作りの家が点在し、森の木々の間を縫うように畑が作られていた。近くには清水の湧く泉を湛え、季節ごとに実る木の実や森の恵みは人々のささやかな暮らしを支えていた。
 森を抜けて外の街に続く街道はすでに草が生い茂り、まるで旅人に忘れられたかのように姿を隠していた。嘗て敷かれていた白い石畳も、雑草や低木に侵食されて、僅かにその中から姿を覗かせるだけだった。
 そんな、外界から隔絶されたかのような小さな村に、毎年街道を探って帰郷する旅人がいた。
「彼ら」は決まって毎年その村の収穫祭に顔を出し、一週間ほど実家に留まってはまた旅に出て行く。村の人間はもはや彼らを伝説のように慕い、彼らがときどき旅先から送る手紙に祭りの夢を見た。
 今年も、ちょうど収穫祭の前の金曜日に、彼らは帰って来る。一通の手紙に、その知らせを託して。様々な土地からの土産話や沢山の喜びを携えて。何一つ変わらない村に、少しずつの変化をもたらすために。
 しかし、今年はその変化が、少しではなかった。彼らは、一人の少年を連れて帰ってきていたのだ。
 少年には名がなかった。
 彼の暮らしている大きな町で、彼を育てた両親は彼に名前をつけなかった。名無しのまま、少年は「あいつ」と呼ばれて十二年もの年月を過ごしていた。
 だから、旅人は少年にとりあえずの名前をつけた。
 その名は「ハル」。
 彼らの友人である、遠い森の住人の名前を借りた名前だった。だから、彼らは森の村の人間に、少年の名をつけて欲しいと頼んだ。
 彼らは、喜んでそれを引き受け、収穫祭の折に少年を囲んで命名の儀式をしようと決めてくれた。
「ハル」は、村人たちに歓迎された。
 しかし、当のハルは、気持ちが沈んでいた。
 収穫祭の前日の土曜日の朝、ハルは、祭りの準備を手伝いながら、ハルを連れてきた二人の旅人のうち、銀の髪の美しい女性にこう話した。
「ぼくは、ハルでいいよ。ナリアとセベルがいれば、それでいい」