忘れられた大樹 前編
「静かに目を閉じ、祈りなさい」
その声に、カレリとサムは、自然に目を閉じていた。
不思議と体からは力が抜け、心は静かになっていった。握り締めた右手だけが力を持ち、そして、熱を持っていた。
そして、しばらく待っていると、今度は、まぶたの裏だけを見て、真っ黒な世界になっていた二人の子供の視界が、突然赤くなった。
強い光がつき抜け、二人の子供の体を照らし、そして、森の全てのものを照らしていった。
それは、ほんの数秒だった。
光は消え、カレリとサムの体を満たしていた静かな感覚が消えると、ほんの近くでナリアの声が聞こえた。
「もう大丈夫、目を開けて御覧なさい」
二人が目を開けると、そこにはナリアがいた。
周りを見渡すと、足元に小さなウサギがいる以外に、さっきと変わったところは一つもなかった。 変わらずに小川は流れ、草は銀色に輝き、樫の大樹はそこにあった。
「なにがあったの?」
カレリが問うと、ナリアは答えた。
「この木が枯れてしまわないようにしたのよ」
そして、ナリアはそのまま膝をつき、二人の子供を抱いた。
「私に出来るのはここまで。でも、あなたたちにはまだ出来ることが残っているわ。どうか、それを見届けて」
そして、ナリアは静かに子供たちを抱いた。
いい匂いがした。
ナリアに抱かれた子供たちの下に一陣の風。 暖かな腕に抱かれていた子供たちは目を覚まし、美しいナリアは立ち上がった。そして、静かに吹きつける風を身にまとい、そのまま月光にきらめく銀色の髪を揺らして天を仰いだ。
ナリアの美しい瑠璃色の瞳はそのまま風の吹いてきた方向を見つめていた。すると、ふと突き出した手を天に広げ、何かを掴み取った。
風は何も運んできていないように見えたのだが、しかし、ナリアは風の中で確かに何かを掴んでいた。
そして、一陣の風がすっかり止むと、僅かに緊張した面持ちで握り締めた手を見た。
開いてみると、掌には一枚の青い葉が握られていた。
瑞々しく、つい先程枝からとってきたように張りのあるその葉は羽のように細長く、棘のような輪郭を持っていた。
「トネリコの葉」
ナリアは、呟いた。
「もう、どうにもならないのですね」
ナリアは、悲しそうな顔でその葉を見つめた。
作品名:忘れられた大樹 前編 作家名:瑠璃 深月