太陽のはなびら
【誰がため、われがため(3)】
赤レンガのこぢんまりとしたその家は、森の中にひっそりと建っていた。
まるで森というバリケードで、外部から隔絶されたような家だとシンは思った。
失礼だと思いつつ、ガラス窓から中をのぞく。
質素なテーブルに椅子が二脚。そしてその奥にベッドがひとつ見える。
そのベッドには、たしかに一人の少女がこちらに背を向けて寝ているのがみえる。
シンの頭の中に、いろいろな種類の食べ物のイメージが流れ込んでくる。
どうやら本当にお腹がすいているらしい。
シンはドアの前に立ち、ノックをしようとしたが、ふと頭にある言葉を思い出す。
(化け物)
村で商人が言った言葉だ。そして、今まで散々言われてきた言葉でもある。
一年間、あの暖かい人達がいる村にいたから忘れかけていた。
そうだ。自分はできる限り人とはかかわってはいけないのだ。
相手を傷つけるかもしれないし、自分も傷つくかもしれない。
この少女を自分は傷つけるかもしれない。
そして、この少女が、自分を傷つけるかもしれない。
そう思うと、手が動かなくなった。
否定されたときの困惑。敵意を向けられたときの恐怖。拒絶されたときの絶望。
忘れていた感情が、まるで津波のようにシンの心を飲み込む。
「やっぱり、やめておこう」
シンは一歩ドアから離れてヒューイに言う。
「この子はきっと大丈夫だよ。遭難しているわけでもないし、ちゃんと家の中にいる。今は一人だけれど、きっと今だけ両親が留守をしているだけさ。だから大丈夫。きっと大丈夫なんだ」
困惑するヒューイに、まるで言い訳をするようにシンは言った。
もしかしたらヒューイが言っていたように、少女は普通じゃない状態なのかも知れない。
もしかしたらこのままだと危険なのかもしれない。
けれど、シンは怖かった。人に嫌われることが猛烈に怖かった。
シンは改めて、自分の心の弱さを恥じた。けれど、どうしようもなかった。
気がつくと、あたりが暗くなっていた。
まだ日が暮れるには早い。しかし、まるで夜のように暗くなっていた。
「ぼっちゃん! スコールが来ます! 早くあの家の中に!」
いつもは冷静なヒューイが、珍しく声を荒げた。じかに雨雲を見てきて、その規模を知っているからだろう。
「でもきっと開かないよ。ほら、鍵が閉まって……」
シンがそういいながらドアの取っ手に手を掛けると、いとも簡単にドアは開いた。
呆然として開いたドアをシンは見つめる。
「ほら坊ちゃん! 遠慮してる場合じゃないでしょう!」
ヒューイにせかされて、シンは躊躇しながら家の中に入った。