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FLASH BACK

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「いえ。こちらこそ、大声で起こしてしまって……」
 諸星さんは優しい瞳で、私に微笑んだ。なんて可愛い笑顔をする人なんだろうと思った。
 その時、続々と社員たちが出勤して来るのを見て、牧さんが手招きする。
「みんな。鷹緒さんよ! 帰って来たんだって!」
 途端に諸星さんは社員たちに囲まれ、質問攻めに遭ったのは言うまでもない。
 それからしばらくして、諸星さんは逃げるように会社を出て行った。
 元から所有しているマンションがあり、そこへ戻るという。その日、社員たちの気持ちはいつになく弾んでいて、私も触発されるように興奮していた。

 その日から、私の周辺もだんだん諸星さんに侵食されている気がした。今まで主に俊二さんの下で動いていたが、諸星さんの仕事も手伝うようになる。ほとんど話すことはなかったが、華やかな諸星さんに惹かれていくのを感じていた。

「万里ちゃん。帰りがけで悪いけど、これ持ってスタジオ寄ってから帰ってくれる? 他の子みんな手空いてなくてさ」
 仕事を終えた帰りがけ、俊二さんにそう言われ、私は預かり物の書類ファイルを持って、事務所所有の地下スタジオへ向かった。
 スタジオは薄暗く、スタッフルームの必要な部分しか電気が点いていない。
「失礼します。預かり物、持って来ました……」
 明かりに導かれるようにスタッフルームへ行くと、そこには諸星さんがいた。
「ああ、ありがとう」
 言葉少なくそう言うと、諸星さんはパソコン前から立ち上がって、私から書類ファイルを受け取る。
 諸星さんがいない間、このスペースはほとんど使われていなかったが、帰って来た途端に彼のアトリエのようになっているらしい。それは昔からそうだったらしく、今では元通り、諸星さんの私物で溢れていた。
「ちょっと時間ある?」
 煙草に火をつけながら、諸星さんが言った。私は頷く。
「はい」
「じゃあ、ちょっと撮影やっちゃいたいから、手伝ってくれる?」
「撮影、ですか。二人で?」
「そう。一人でも出来なくはないけど、居てくれると助かる。でも用があるならいいよ」
「いえ、大丈夫です……」
「じゃあ、ちょっとだけ待ってて」
 再びパソコンの前に戻った諸星さんに、私は手持無沙汰でフロアへ向かい、撮影機材を準備し始める。
 それから少しして、諸星さんがフロアへやってきた。
「じゃあ始めようか」
「あ、はい、すみません。まだ機材の準備が出来てなくて……」
「これだけ揃ってればいいよ」
 必要最小限の機材を見て、諸星さんが言う。
「でも……何の撮影ですか?」
「物撮り。うちのホームページ用に撮っといてって言われてるのがあるんだ。そこの箱の物、全部」
 諸星さんはフロアに置かれたダンボール箱を指差した。中にはインテリアの小物や雑誌など、あらゆる物が入っている。
 事務所で扱っている商品や、記事用の写真らしい。
「こんなことまでやるんですか? 諸星さん」
 思わず言った私に、諸星さんも苦笑する。
「な? それ、社長に言ってやってくれよ。あいつ、俺のこと平気でコキ使うからさ……まあでも、みんな忙しいから、事務所内で選り好みなんてしてられないのが現状だけど」
 その言葉に、諸星さんの優しさが伺えた。
 私は頷くと、出しかけた機材を丁寧に並べる。物撮りと聞いて、いらない機材や必要な機材もある。
「はーん。君を仕込んだのは俊二か」
 私を見つめて諸星さんがそう言った。あまりに唐突で、私には意味がわからない。
「え?」
「その几帳面な並べ方、俊二譲りとしか思えない。あいつ、結構細かいことうるさいんだよなあ」
 図星だった。私は俊二さんの下でよく動いているため、機材の並べ方や扱い方などは、すべて俊二さんから学んだことだ。
「ええ。でも丁寧に教えてくださいました」
「いいことだけど、俺は結構大雑把なの。今日はモデルの撮影でもないし、この程度の機材で十分だから、始めるよ」
「はい。それで、私はどうすれば?」
「とりあえず、箱の物を順番に並べて。せっかく並べてくれたから、ライトバンク使う物からいこうか」
「わかりました」
 諸星さんの撮影を助手として手伝うのは初めてだった。また二人きりになるのも、こうして話すのも初めてで、少し緊張しながらも、諸星さんは仕事モードに入っているため、私も気持ちを切り替えて諸星さんの助手に徹した。
「……休憩取ろうか?」
 しばらくして、諸星さんがそう言った。
 私は撮影についていくのが精一杯で、疲れが出てきているのを悟ったのだろう。
 諸星さんがスピーディーで有名なことは知っていたが、ここまで早くて正確だということを、私は身をもって体験し、その大変さが身に沁みていた。私がモデルなどの被写体だったならば、早く終わって疲れが軽減されるだろうが、スタッフともあれば大変である。
「いえ、大丈夫です。あと少しなんでやってしまいましょう」
 見た目に反し、私は前向きに言う。
 学生時代は体育会系だったので体力には自信があるのに、体が仕事についていかないことが辛かった。
「……じゃああと少しだし、やっちゃおうか」
 諸星さんも了承し、撮影は続行された。

 それから十数分で、すべての撮影が終わった。
 私は疲れながらも、諸星さんとの撮影の楽しさを覚えた。俊二さんとはまったく違う雰囲気の撮影で、これもまた勉強になる。
「はい。お疲れ」
 機材を片付けている私に、諸星さんが缶コーヒーを差し出してきた。
「あ、ありがとうございます」
「片付けは後でいいから、少し休もう」
 世話しない様子の私に、諸星さんはそう言って床に座り、壁にもたれる。
 私も倣ってその場で座り込み、コーヒーに口をつけた。
「ごめんな、急に手伝わせて。帰るところだったんだよな?」
 諸星さんの優しい言葉がやけに嬉しい。素直に人を思いやれる人なんだと思った。
「いいえ。お手伝い出来て光栄です。帰りはいつも遅いし、帰ってもやることがないので大丈夫です。逆に勉強させてもらえて嬉しかったです。これからも使ってやってください」
 そう言った私に、諸星さんが微笑む。その笑顔はなんとも可愛らしくも見え、胸が締め付けられる思いになった。
「ありがとう。俺、本当に人使い荒いからさ……倒れられたら困るし」
「大丈夫です。私、体育会系ですし、体力には自信があります」
「へえ。何やってたの?」
「ソフトボールです。県大会優勝校ですよ」
「そりゃあすごいじゃん」
 思いのほか、諸星さんは優しく話しやすい。人によっては話しかけづらいなどという噂もあったため、聞いた印象とは違うふうに感じる。
 少しして一息つくと、私たちは片付けを始めた。
「万里。あとは俺がやっておくから、もう帰っていいよ」
 突然、呼び捨てで呼ばれ、私は一瞬で真っ赤になった。
「万里……って……」
 それに気付き、諸星さんは口を開く。
「ああ、悪い……そっか、ろくに呼んだことなかったもんな」
 照れる私に、諸星さんも照れるように苦笑した。
「い、いえ。ちょっとびっくりしただけで……」
「俺あんまり、サン付けとかで呼ぶことないんだけど……嫌ならあだ名とか自分で決めて。ただ名字で呼ぶの長いから、一言で呼びやすいのがいいんだけど」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音