FLASH BACK
確かに諸星さんは、牧や俊二など、ほとんどの社員を呼び捨てで呼んでいる。
私の反応で苦笑する諸星さんに、私は赤くなりながらも首を振った。
「すみません、呼ばれ慣れてなかったからびっくりしただけです。万里でいいです」
「そう?」
「あと、最後まで手伝わせて下さい。さっきも言ったとおり、帰ってもやることがないので、コキ使ってくださって構わないですから」
ガッツのある私に、諸星さんは微笑んで頷いた。
「じゃあさっさと片付けて、メシでも食いに行こう」
「二人でですか?」
「嫌?」
「いえ。お、お願いします!」
勢い良く頭を下げた瞬間、私のおしりが照明機材にぶつかった。
顔を上げた時には、すでに諸星さんが私を抱き止めている。
「鷹緒さん……」
初めて名前で呼んでしまった自分にも赤くなる。しかし鷹緒さんは気に留める様子もなく、拒否しない。
鷹緒さん――思えばずっと、他の人たちのようにそう呼びたかったのだという自分に気付き、出来たらこれからもそう呼びたいと思った。
「動くなよ」
上の空の私に反して、鷹緒さんは真剣な様子でそう言い、ゆっくりと倒れかけた照明機材を直す。
高価な機材が倒れて壊れなかったことに安心しながらも、私は庇ってくれた鷹緒さんにお辞儀した。
「すみません!」
「危ねえ……大丈夫だったか?」
「はい、鷹緒さんが助けてくださったんで……機材のほうは大丈夫ですか?」
「ああ、倒れてないし。どっちも無事でよかったな。考えてみれば明日も撮影だから、この辺まででいいよ。メシ食いに行こう。腹減った」
「は、はい」
高鳴る気持ちを抑え、緊張したまま私は鷹緒さんについていった。
鷹緒さんに連れられて行ったのは、近くの居酒屋だ。二人だけの乾杯をし、食事を始める。
「こうして二人で飲むの、初めてだよな?」
気さくにそう話しかけてくれる鷹緒さんに、私は頷いた。
「はい」
「入社して一年だっけ? もう慣れた?」
「はい。仕事も楽しいですし、この会社に入れてよかったです」
「そりゃあ良かったな」
私は目の前にいる鷹緒さんをまじまじと見つめた。遠目から見ても、男性らしくて格好が良い。同じ格好の良さでも社長とはまた違い、社長ファンの私でも、みんなが騒ぐのがよくわかる。
「何?」
あまりに見つめる私に、鷹緒さんが苦笑して尋ねてきた。
「え?」
「そんなに見つめられると、照れるんだけど」
「ごめんなさい。こんなに格好良い人と二人きりで食事なんて初めてで……」
そんなストレートな私の言葉を聞き、鷹緒は驚いて吹き出した。
「ハハハ。なんだよそれ。この業界にいるんだから、格好良いヤツなんてゴマンと見てるはずだろ」
「はあ……でも鷹緒さんは正真正銘のイケメンです。私、鷹緒さんに会うまで、事務所で一番のイケメンは社長だと思ってました。でもやっぱり、みなさんの噂は本当だったんだって思いました」
正直なまでの私に、鷹緒さんは苦笑したまま食事を続けている。
私は私で、自分がこんなにもイケメンについて語るとは思ってもみなかったけれど……。
「変なやつだな、おまえ。今までそんなこと、同じ会社のやつに面と向かって言われたことなかったな」
「すみません。でもだって、本当のことなんですもん」
反論する私を前に、鷹緒さんは静かに笑う。
「俺がイケメンだとか思えるなら、相当いい男見てないんじゃない?」
そう言う鷹緒さんは、謙遜でなく本気で自分を嫌っているようにも思えた。
「……確かに私は、今まで全然男っ気なかったですから、そう言われても仕方ないですけど……でもそんなこと言ったら、鷹緒さんのこと格好良いって言う人みんなそうだって言うんですか?」
「そうだよ。みんな俺のこと、上辺しか見てないからそんなこと言えんの。ほら、馬鹿なこと言ってないで食えよ。今日は俺のおごりだからな」
「いいです、そんなの」
「強情な奴だなあ」
鷹緒さんの言葉に傷付いたり楽しんだりしながら、私は彼の魅力にどんどん吸い込まれていくのを感じていた。
「おまえ、酒強いんだな」
しばらくして、鷹緒さんがそう言った。
「そうですね。顔色もあんまり変わらないから、女のくせに可愛げないってよく言われます」
「ハハハ。いいじゃん。うちの会社、社長が弱いから、そういうやついてくれないと困るよ。俺もいい加減、あいつの後処理するの面倒臭いから」
私もそれには覚えがあった。社長は結構飲むほうだけど、ベロベロになるまで酔うタイプだ。そんな時は、家へ帰すのも一苦労である。
「鷹緒さんも強いんですね」
「そうだなあ。俺もおまえと一緒で、あんまり顔色変わんないしな。でも今日は、さすがに酔ったかも」
それもそのはず、私たちはビール、日本酒、更にはワインまでに手を出し、それをペロリと二人で飲んだ。
こんな酒豪の私を、鷹緒さんはどう思っただろう。
「家どこだっけ?」
そう言った鷹緒さんに、私は事務所の方向を指差す。
「事務所の近くですよ」
「じゃあ送るよ」
「いいですよ」
首を振る私に、鷹緒さんが笑った。
「俺、だいぶおまえのことわかってきた」
「え?」
「意地張んなくてもいいよ。こういうのは一応、男の役目ですから」
あまり男性経験がなく、意地っ張りな私を見透かすように、鷹緒さんはそう言って私の背中を押す。それが妙に慣れている感じで、私は赤くなった。
「いいですってば」
「そんなに嫌ならいいけど、これでこの後、おまえが痴漢とかに襲われても夢見が悪いし。俺のためにも送らせて。ちょっと歩いて酔いも冷ましたいしな」
そんな優しい言葉に折れて、私は鷹緒さんと二人きり、夜の街を歩き始めた。
なんだかそれが夢見心地だ。こんなに格好の良い人と歩くのは初めてで、周りの目が気になる。自分に自信がない私とは、絶対に恋人同士には見えないだろうな、と思った。
「おまえ、俺に似てるかもな……」
突然ぼそっと鷹緒さんが言ったので、緊張して上の空だった私は我に返った。
「え? どこがですか?」
「意地っ張りなところとか」
からかうように笑って、鷹緒さんが言う。それはずるいくらいに可愛い。
「確かに私は、意地っ張りですけど……」
「あはは。冗談だよ。なんていうかな、波長が合う」
その言葉は私も思った。そしてこんなにも嬉しい自分がいる。
「あ、私も言われたことがあります。前に牧さんたちに」
「何を?」
今度は鷹緒さんが首を傾げている。
「あ……前に、牧さんと俊二さんが付き合ってること当てたら、これに気付いたの、鷹緒さんだけだって言われて……」
「ああ、なるほどね……でもあいつら、すぐわかるよなあ?」
「ええ、本当に。でも鷹緒さんの洞察力はすごいって、他でも聞いたことがあります」
「そんなの言ってるの、どうせ社長とか理恵とか、鈍感なやつだろ」
「ああ、そうだったかもしれません」
突然、理恵という言葉にビクッとした。理恵というは副社長だが、鷹緒さんとはどこかよそよそしくまた親しげな感じにも思える。
「そういうの優れてるっていうのは、いつも周りにビクビクしてる証拠だよな」
「ビクビクですか? 鷹緒さんが?」
「意外? 俺は結構、昔から人の顔色窺うの得意だよ」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音