FLASH BACK
「鷹緒さん、やっぱり誤解でしたか?」
しばらくして、電話を終えた社長に、俊二さんが尋ねた。
「うん。他にも泊まり込んでるらしい。相変わらずの仕事人間だよ、あいつは……」
「やっぱりそうか……すみません、変な噂流すところでした」
「社内だけなら大丈夫だよ。それより仕事、終わりそう?」
「はい、先は見えましたから」
「じゃあ終わるまで頑張ろう。万里ちゃんも無理はしないでね。俊二の仕事なんだから」
突然言われて驚きながらも、私は社長の優しい言葉に微笑む。
「大丈夫です。私からやらせて欲しいと願い出たので、最後まで頑張ります」
「うん。じゃあよろしく」
社長はそう言うと、社長室へと戻っていった。
それからしばらくして、私は仕事を終えた。
俊二さんのチェックも通り、ほっと胸を撫で下ろす。
「万里ちゃん、よかったらもう少し残っててよ。手伝ってもらったし、今日は僕がおごるから」
「いえ、仕事ですから。そんなのいいんです」
「まあまあ、嫌じゃなかったらだけど、たまには飲もうよ。あんまり一緒に飲んだことないからさ。牧ちゃんとかも誘うし。ね?」
「じゃああの……お願いします」
「よかった。じゃあ、もう少し待ってて」
温かい言葉を掛けてもらい、私は出来る雑用をこなしながら、俊二さんを待った。
それから少しして、仕事の終えた俊二さんと牧さんの三人で、近くの居酒屋へと向かっていった。
「乾杯。ああ、もうこんな時間。俊二君のせいよね、遅くなったのは」
憎まれ口を叩きながらも、明るく笑うのは牧さんである。
「ごめんって。鷹緒さんじゃないんだから、あれだけの量をちゃちゃっとなんて出来ないもん」
困ったように、俊二さんが言う。
そんな二人を見て、私は思い切って口を開いた。
「あの。前から気になってたんですけど、お二人って恋人同士なんですか?」
私からの直球の質問に、俊二さんと牧さんは顔を見合わせ笑った。
「もう、万里ちゃんには敵わないなあ。いつから気付いてたの?」
そう言ったのは、牧さんだ。
やっぱりそうだったのかと思って、これで一つ疑問がなくなりすっきりする。
「ちょっと前からです。お二人、一緒に帰ることも多いですし」
「すごいね。これ気付いたの、鷹緒さんだけなんだよ。あの人も洞察力すごいから……でも内緒だよ。みんなにからかわれるの目に見えてるからね。まあ僕らも、人の恋バナには首突っ込むタイプだけど」
今度は俊二さんが苦笑して言った。
私は頷く。諸星さんと一緒ということが、なぜか嬉しかった。
「わかりました、黙ってます。でも諸星さんってすごい人なんですね。私、顔も作品も全然知らないけど、その名前を聞かなかった日ってあんまりないと思うんです。今だって、こんなに……おかげで知らない人なのに、結構知ってる気がします」
「まあね。やっぱりみんな、鷹緒さんにいろいろ頼ってたんだなあって思う。だからたくさん名前が出てくるのよね。事実、私もまだ、鷹緒さんがいた頃は……なんて言っちゃってるもん。もう二年も経つのにね」
「二年もですか」
牧さんは、少し遠い目をして頷く。
「そう。二年契約なのに、もう少し延長になりそうみたい。帰国は先が見えないから、みんなも寂しがってるのよ」
「へえ。売れっ子なんですね」
「そうね。それは日本にいた時からだけど」
「でも私、諸星さんのことを知らないからかもしれませんけど、社長もすごい人だと思うんですよ。みなさん、いない人のことばかり噂してますけど、社長はすごいです」
酒が入ったこともあるけれど、社長ファンとして熱弁する私に、俊二さんと牧さんは顔を見合せて笑う。
「わかってるよ、社長がすごいってことは。でも、どうしても鷹緒さんのほうが話題の人になっちゃうんだよね。僕の師匠でもあるし」
「それに社長がすごいのはみんな知ってるけど、いちいちすごいなんて言ってたら仕事にならないでしょ? うちの社長は言われなくてもやり手よ。厳しいけど優しいし、うちの会社が働きやすいのは、ムードメーカーの社長のおかげだもん」
俊二さんと牧さんが交互に言う。私もそれに賛同し、その夜は会社の話で盛り上がった。
それからまた半年が過ぎようとする頃、世間はすっかり冬になっており、もうじき訪れる春の気配さえ感じさせないほど寒い日が続いている。
私はもうすぐ入社から一年を迎え、だいぶ仕事にも慣れてきた。
「おはよう、万里ちゃん。今日も寒いね」
出社するなり声をかけたのは、変わらず明るい笑顔を向けてくれる、先輩の牧さんである。
同時の出勤となったようで、牧さんは今から会社のドアを開けるところのようだ。
「おはようございます。寒いですね。もう春だっていうのに」
「本当ね。さあ開いた。早速で悪いけど、窓開けお願い」
「わかりました」
朝の日課は、すべての窓を開けることから始まる。特に帰りはブラインドも閉め切ったままなので、日差しすら入っていない。それが終われば、社員全員で掃除から始まる。
すべての窓を開けて、私は社長室のドアに手を掛けた。
ガラス張りの社長室は、内側のブラインドさえ開ければ社内から丸見えということで、閉鎖的な空間ではないのだが、社長室ということで入る時はいつも緊張する。
誰もいないはずの社長室を開けた途端、私はいつもと違う雰囲気に驚いた。
入ってすぐのところに、応接用のソファがある。そこに一人の男性が寝そべり、寝息を立てている。社長の広樹さんではなく、面識はない。よく見るとかなりのハンサムで、無防備な顔を晒していた。
「キャ……キャー! 牧さん!」
私は思わずそう叫んで後ずさりをし、慌てて社長室から出て行った。
「ど、どうしたの?」
遠くから、バケツを持った牧さんが顔を覗かせる。
「牧さん! 社長室にイケメンが!」
「はあ?」
「し、知らない人が寝てるんです!」
切羽詰まった私とともに、牧さんも逃げ腰のまま社長室を覗く。
だが次の瞬間、牧さんの顔が変わった。
「……よお、牧」
私の声に起きたその人物は、眠そうに起き上がり、苦笑してそう言った。
「え、あ……た、鷹緒さん?!」
牧さんの言葉に、私はその人を見つめる。この人が諸星鷹緒……噂以上の格好良さだった。
思わぬ人物の登場に、牧さんは嬉しそうに諸星さんに駆け寄る。
「え、え? どうしたんですか! いつ帰って来たんですか? 社長には会ったんですか?」
「朝からテンション高いな……一個ずつ聞けよ」
苦笑している諸星さんを前に、牧さんは見たこともないくらい飛び跳ねている。
「だって、急でびっくりしたんですもん!」
「こっちも急に解放されてさ。とりあえず帰ってきたんだ」
「じゃあ、もうこっちにいられるんですね? 帰って来れたんですね?」
「その予定。ヒロとも昨日会ってさ、飲んでこのままここにね。二日酔いかな。頭いてえ……そっちの子は、新人さん?」
突然、諸星さんが私を見て言った。
「あ、はい。半年前に一度、お電話でお話しさせて頂きました、君島万里と申します。お会い出来て光栄です!」
ガチガチに緊張しながら、私が言う。
「ああ、あの時の……はじめまして、諸星です。ごめんね、朝から驚かせて」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音