FLASH BACK
「反省してる。もう鷹緒さんに迷惑かけないよ。約束するから、安心して」
そう言う綾也香はいつになく落ち込んだ様子で、いつもの強引さや元気さがまったくない。
結局、沙織は綾也香を慰めることもままならず、二人で軽く食事をして別れた。
店を出て一人になった沙織は、まだそこが会社近くだったため、鷹緒が借りている駐車場を覗いてみた。すると鷹緒の車がまだある。
未だに揉めているのかと躊躇したが、出来ることなら今日中にもう一度会いたいという気になり、電話ではなくメールを入れてみた。
すると、すぐにメールではなく電話が折り返しかかってきた。
『おう。今どこ?』
そんな鷹緒の声が聞こえるが、会社ではないようで、BGMがうるさいほどに聞こえる。
「鷹緒さんの駐車場の近く……鷹緒さんは?」
『俺はカラオケボックス』
「カラオケ?」
沙織は拍子抜けした。さっきまで緊迫した雰囲気だったはずだが、まるで違う場所に戸惑いを覚える。
『ヒロ慰めるじゃないけどさ……』
「あ……じゃあ今日は遅くなるよね」
『うーん。いつもはオールナイトとか言うけど、幸いなことに明日あいつ朝から会議があるらしくてさ、二、三時間で帰れると思うよ。すでに遅いけど、それからで良ければ会うか?』
「いいの?」
『会いたいんだろ。いいよ』
「うん……じゃあ帰って待ってるね」
そう言って沙織は電話を切った。鷹緒は会いたくないのかと後ろ向きなことも考えてみたが、それでも会えるのは嬉しいし、もやもやした気持ちを抱えているため出来れば今日中に会いたいと思う。
沙織はそのまま自分のマンションへと帰っていった。
それから数時間後。真夜中になろうかという時刻に、沙織の部屋へ鷹緒がやってきた。
「おつかれさま」
「うん。疲れた……」
鷹緒はぐったりとしながら部屋に入り、こたつが仕舞われて復活したラブソファへと座り込む。沙織は水を差し出して、鷹緒の隣に座った。
「ヒロさん、大丈夫そう?」
「ああ。カラオケ付き合ったし、あいつも少しは発散出来ただろう」
「いいなあ。こんな時だけど、私も行きたかったな。二人の歌聞きたかった」
「まあ今度な……今日は本当、気が立ってたから面倒くさかったと思うよ」
苦笑する鷹緒に、沙織もまた静かに笑って頷く。
「うん。今度、普通の時にね」
「……綾也香は大丈夫そう?」
「すごく落ち込んでたよ。でも私は事情知らないし、あんまり慰められなかった……」
「そう。まあ大丈夫だろう。俺やおまえが気を揉んだところで、ヒロはあいつを受け入れられないだろうし……」
それを聞いて、沙織は横目で鷹緒を見上げた。鷹緒は虚ろな表情をしており、何を考えているのかわからない。
「綾也香ちゃん言ってたよ。もう鷹緒さんに迷惑かけないって」
「ハハ……それはどうだろう。あいつは人を巻き込むのうまいからな。まあ、今日は俺も追い込んだ部分あるから面倒見たけど……おまえも気をつけろよ」
「う、うん……でも綾也香ちゃん、ヒロさんのことが好きだったんだね……もしかして、鷹緒さんと三角関係だったの?」
その言葉に、鷹緒は沙織を見つめた。過去を洗いざらいしゃべる気にはなれないが、このことに関しては以前も問題になっているため、言わないわけにもいかないだろう。
「いや……何度も言うように、俺は綾也香と付き合ってもいないし、好きでもなかったよ」
「でも、友達以上恋人未満の関係だったんでしょ?」
いつか言った自分の言葉に後悔し、鷹緒は軽く溜め息をついた。
「面倒くせえから言いたくないんだけど……駄目?」
「……駄目」
見上げる沙織はなんとも真剣で、まるで逃げ場がない。
鷹緒は苦笑しながら目を伏せると、静かに頷いた。
「俺のことだけじゃないから、誰にも言うなよ?」
「うん……」
「綾也香が付き合ってたのはヒロだよ。実際にどこまでの仲だったのかは知らないけど……お互いに本気だったと思うし、当時から社長と所属モデルの関係だったけど、綾也香も元からあんな感じの明るい性格だし、そんなに隠れて付き合うって感じでもなかったんだ」
初めて聞く話に、沙織は聞き入るようにして鷹緒を見つめる。
「へえ……」
「それである日、綾也香のお母さんに交際がばれたんだ。まずいことに綾也香は当時まだ未成年だったから、結構な大問題に発展した。もともと綾也香がモデルやるのも反対の人だったみたいだし、当然ながら事務所やめなきゃならないって話になってね……」
「……うん」
「でもヒロは、別れる代わりに綾也香のモデル存続だけは押し通した。あいつはわかってたんだよ。綾也香の居場所がモデルやることなんだって。綾也香自身もそこまで望んでなかったけど、今ではあいつもトップモデルだし、ヒロが出した答えを必死に飲み込もうとしてたんだと思う」
それを聞いて、沙織は心配そうな顔を見せた。
「じゃあ……今度うちの事務所に戻ってくるのは大丈夫なの? 綾也香ちゃんのお母さんとか」
「綾也香も大人だし、母親が止めたところでそんな権限もうないだろ。ヒロも本来なら移籍の話を断るところだけど、ビジネス優先の頭になってたんだろうな」
「どういうこと?」
「過去のことを気にはしていても、商品としての綾也香が欲しかったってことだよ」
「そんな言い方ひどいよ……」
「ヒロは経営者だからな。それに、気にしてないって意地になってるところもあるんじゃないの? もう周りもほとぼり冷めてるだろうし」
そう言いながら鷹緒は水に口をつける。沙織が聞きたいことは、ここからが本題なのだろう。
「……別れてからの二人は、極力会わないようにしてた。でも綾也香は茜と仲が良かったから……別事務所に移籍後も、完全に断ち切れたわけじゃなかったんだよな」
「茜さんと?」
久しぶりに聞いた名前に、沙織は目を丸くする。確かに茜と綾也香という顔触れならば、似たように大らかな性格で気が合いそうだ。
「うん。俺も撮影とかでは会ってたしな。それで……綾也香に言われたんだ。付き合うフリをしてくれって」
「……それで、したの?」
「うん、まあ……」
バツが悪そうに俯く鷹緒を見つめながら、沙織は口を曲げる。
「信じられない。鷹緒さん、そんなことに付き合うとは思えないのに……」
そう言われて鷹緒は顔を顰めた。こんな話をしているのが馬鹿らしく感じられ、逃げ出したいとも思う。
「俺だってそんなことしたくなかったよ。ヒロにやきもち妬かせるだけの浅知恵だからな。でもちょっと……弱み握られてたから」
「え?」
「茜が口を滑らせたのか知らないけど、俺が結婚してたこと言いふらすって言われて……本来ならそんなの構うことはなかったけど、俺も離婚後でムシャクシャしてたのもあったし、実際にこっちも微妙な時期で理恵に迷惑かけるわけにもいかなかったし、いつになくウジウジしてるヒロ見るのも腹立たしかったし、仕事もそれほど大変な時期じゃなかったしで、まあ一日だけのフリならいいかというノリで……」
「ふうん……」
脅されていたなら仕方がないとは思ったが、やはり面白くない話である。沙織は口を尖らせながらも、話の続きに聞き入った。
「でも未だに後悔してるよ。今でもヒロを傷付けてるだろうから」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音