FLASH BACK
「そりゃあそうだよ。二人のこと信じてたはずだもん。それに……したんでしょ? キス……」
それを聞いて、鷹緒は一瞬押し黙った。
「……聞いたんだ?」
「うん……」
凍りつきそうな重い雰囲気に息を吐いて、鷹緒はソファの肘掛けに頬杖をつく。
「……付き合うことになったってヒロの前で言っても、当然ながらヒロは信じてなかったから」
「え、どうして?」
「そりゃあそうだろ。俺にはくっつき回ってた茜もいたんだぞ? そんな茜もしおらしいし、あまりに唐突な話だったからな。俺も協力するフリはしても完全に乗れてるわけじゃなかったし……」
「それで、信じ込ませるためにキス?」
「綾也香がこれで最後だって言うから……それに俺、今でもあんまりキスに対して重要性持ってないし」
「ええ?」
「いや、べつに恋人がいたら他ではしねえよ? でも当時はフリーだったわけだし、まあ……しろと言われればしてもよかったのが本音だけど、さすがにヒロの元カノだから寸止めしようと思ったら、あいつからも近付いてくるから、まあそんな感じに……」
「納得出来ないんですけど……」
過去に嫉妬する沙織の頭を撫で、鷹緒は苦笑する。
「茜も入れて四人で飲みに行ったんだ。ヒロが会計して、茜はトイレで、俺は先に外に出て、ヒロに相手にされないって泣きじゃくる綾也香を宥めてた。そこにヒロが店から出てくるのが見えて……あいつの目の前でキスした。それからあいつは綾也香のことに関して頑なで、たぶん俺のことも許してないと思う……」
俯く鷹緒の横で、沙織は目を見開いた。
「ヒロさんの前で……?」
「うん……」
「ひどいよ! なんでそんなひどいこと……」
「その前にすでに十分してるだろ。綾也香の誘いに乗るなら、一番効果的な方法を選んだだけだよ。まあ……未だに後悔はしてるけど」
「そんな鷹緒さん、嫌いだよ」
顔を背ける沙織に、鷹緒は溜め息をつく。
「……だから嫌だって言ったんだ。嫌われるほど最低な俺の過去なんて、穿ればいくらでも出てくるよ。でもおまえが傷ついてでも話したほうがいいって言うから、こっちは嫌われるの覚悟で言ってるんだからな? 少しは許してくれよ……」
「そうかもしれないけど……」
ここで怒ってしまって今後口をつぐんでしまうのは嫌だと思い、沙織は顔を上げて鷹緒を見つめた。
「……ヒロさんには弁明したの?」
「したよ……あれは脅されて付き合うフリをしてましたってな。でもあいつは聞く耳持ってなかったし、頑固だからな……別れた彼女のことだからどうでもいいって言い放ったまま今日まできてる」
「じゃあ、綾也香ちゃんとはその後は?」
「うーん。何度か飲みに行った程度かな。その後もいろいろ浅知恵の提案はあったけど、それ以降は乗ってないよ。お互いに忙しくなってきてたし……」
正直に答える鷹緒を、沙織が切実な目で見つめる。
「キ、キスだけ?」
「え?」
真っ赤な顔をしてそう聞く沙織に、鷹緒は首を傾げた。
「だって……綾也香ちゃんとは、友達以上恋人未満なんでしょ?」
それを聞いて、鷹緒は苦笑する。
「ああ……そういうこと? ヤッてねえよ……さすがにそこまで見境なくねえし」
沙織の頬に触れながら鷹緒は笑った。そんな鷹緒の顔を見て、沙織はやっと安堵の表情を見せる。
「そうなんだ……もっと深い関係かと思った」
「まあ守秘義務じゃないけど……遊びでもあいつの考えに乗ったわけだから、何もしてないと全否定は出来ないし。あいつもそのことは忘れたいって言うから、一応お互いになかったことにはしてるんだけど……おまえにも曖昧な言い方して悪かったよ。でも真相はそんな感じ」
言いながら、鷹緒は不安げに沙織の横顔を見つめた。ここまで洗いざらい話すことはヒロにもしておらず、過去の行動は沙織に嫌われても仕方がないと思うものの、この先どう言い訳やらフォローしようかと考える。
すると鷹緒の腕に、沙織がすり寄ってきた。
「……話してくれてありがとう」
予想外の言葉を聞いて、鷹緒は沙織の顔を覗き込んだ。
「……うん」
「嫌なことなのに正直に話してくれて嬉しいよ。過去のことでもショックはあるけど、もやもやが晴れてよかった。ありがとう」
不満をあらわにしつつもそう言った広い心の沙織に救われ、鷹緒は沙織を抱き寄せる。
「よかった……すっげー不安だった」
「それでも、ちゃんと話してくれたことのほうが嬉しいよ。でも……ヒロさんと綾也香ちゃんのことは心配だな。ヒロさんが誤解してるなら尚更……もっとちゃんと話したほうがいいよ」
「そうは思うけど、他人がいくら言っても素直に聞けない時ってあるじゃん? それにあいつは誤解っていうより、ただ受け入れられないだけなんだよ、きっと……付き合うフリだとしても、あいつは自分の目でキスしてるの見てるわけだから、許せない部分もあるんだろ」
真剣な面持ちの鷹緒を見上げ、沙織は首を傾げる。
「ヒロさんって、そんな感じの人なんだ?」
「あいつはこうと決めたら曲げないよ。あいつにとっては俺と綾也香の真相が何かなんて、本当は問題じゃないと思う。ただ人を疑ってる自分が受け入れられないとか……まあ、俺と綾也香はケチがついたのと同じことなんだろ」
「よくわかってるね。ヒロさんのこと」
「俺も似たようなもの持ってるからな……」
そう呟いたところで、これ以上は沙織に突っ込まれないように、鷹緒はもう一度水を飲んで体勢を変える。
「それより、今日はここに泊まってもいい?」
突然の鷹緒の言葉に、沙織は嬉しそうに頷いた。
「うん。もちろん!」
深刻な話を終え、鷹緒は少しほっとした顔を見せて沙織を抱きしめる。
「疲れた……」
「ごめんね。いろいろ聞いちゃって……」
「本当だよ。これでドン引きされて嫌われたら立ち直れないんだからな」
「あはは。ドン引きはしても嫌いにはならないと思うけど……ありがとう、鷹緒さん。ちゃんと話してくれて……大好きだよ」
その温もりが一番の癒やしとなって、トゲの刺さった鷹緒の心をも癒やしていくようだった。
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音