FLASH BACK
まるで綾也香のことが好きだというように聞こえて、鷹緒は静かに微笑んで言った。それを聞いて、広樹は深い溜め息をつく。
「あんな悲惨な別れ方したの知ってるおまえが、そんなこと言うのかよ……無理。僕はそんなに一途じゃないし、誰と付き合ったとしても、綾也香ちゃんだけは絶対にないよ。だからこんな話は無意味。おまえが出ていかないなら、僕が帰るよ」
「じゃあなんでそんな不機嫌なの?」
「くだらないことで乗り込まれた僕の気持ちがわからない? 社員にも面目丸潰れ。それより、おまえはなんのためにここにいるんだよ。まさか説得するわけじゃないんだろ。言いたいことがあるなら、聞くから言えよ」
いつになく不機嫌さを丸出しにして言う広樹に、鷹緒は苦笑する。
「お互いにそんなに引きずってるなら、綾也香をうちに入れないほうがいい。あいつがうちに戻りたいっていうのは、仕事面だけじゃなく、おまえとのことで前に進みたいからというのもあるんだろう。あんな別れ方して、引きずってるのはおまえと同じ。でも、あいつは変わらず馬鹿だからな……今日みたいに突っ走ることしか出来ないんだよ。今はもう事務所というしがらみもないんだしな」
「そんなこと、おまえに言われる筋合いないんだけど……まあそうだよね。でも僕は本当に無理。綾也香ちゃんと付き合うなんて」
「うん。それならそれでいいんじゃないの。あいつだっておまえにあそこまでハッキリ言われて、少しはわかっただろうし。これでこっちの問題も解決出来ればいいんだけどな……」
「こっちの問題?」
鷹緒の言葉が引っかかったように、広樹は顔を上げて鷹緒を見つめた。
「俺は人間出来てないからな。おまえが心配なだけでこんなこと言ってるわけじゃない。あいつは突っ走ると周りが見えないタイプだから……巻き込まれる俺が迷惑してるだけなんだよ。沙織に余計なこと吹き込まれないか、こうしてる今も心配だし」
「それはおまえの素行の悪さが原因だろ」
「アホか。綾也香に対しては、俺はいつでも被害者だ」
「さっきから誤解だなんだと言ってるけどさ……僕はこの目で見てるんだからね? おまえと綾也香ちゃんがキスしてるの……」
またも張りつめた空気が社長室に漂う。
しかし次の瞬間、鷹緒が笑った。
「ハハハ。おまえ、やっぱり引きずってんじゃん」
鷹緒が笑ったことで、広樹はむきになるように口を尖らせ、顔を少し赤らめた。
「気にはなってるけど引きずってはないって……」
「まあ昔のこととはいえ、あれに関しては弁解の余地はないけどね……フリとはいえ俺も馬鹿だったと思うよ。ごめん」
「フリ? あれが?」
「あれは事故だよ」
二人は同時に息を吐く。
「べつに……恋愛は自由だし、みんなフリーだったんだし。あの時もおまえはちゃんと説明してくれて、僕も納得した……はずだった。今も頭では理解してるし、責めてるわけでも怒ってるわけでもないんだ。だから誤解もしてないから気にしないでいいよ」
「ったく……やっぱりもう一度付き合っちゃえよ」
「それでチャラになるわけじゃないだろ。僕はさ……うちの子たちはみんな大事にしたいんだ。恋愛なんかで潰したくない」
「ああ……本当に偉いよ。だからおまえは社長なんだ」
「うーん。ああもう、ムシャクシャするなあ。今日はカラオケ付き合えよ」
切り替えるように言った広樹を見て、もう大丈夫だと鷹緒は頷く。
「べつにいいけど……みんな残業みたいだから、きっと誰も来ねえよ?」
「いいよ。おまえだけで……それだけ多く歌えるじゃん」
「それが一番辛いっての」
それ以上語らずともわかり合えたように、二人は静かに微笑んだ。
一方、沙織は綾也香とともに個室となる居酒屋にいた。綾也香は年上だが、まるで年下のように泣きじゃくっている。
まったくと言っていいほど事情を知らない沙織は、どうしていいかわからずにただ宥めるしかない。
「綾也香ちゃん、元気出して……ヒロさんは社長さんだもん。すぐに応えてくれるはずないと思うし……もうすぐ移籍するんだし、これからたくさんチャンスあるよ」
「ありがとう、沙織……でも無理だよ。また一人で突っ走って馬鹿なことしちゃった。私のこと商品だって思ってるのに、告白なんて……ああ、なんで鷹緒さんの言うこと聞かなかったんだろう。せっかく移籍出来るのに、本当に嫌われちゃったかもしれない」
「……私、綾也香ちゃんは鷹緒さんのことが好きなんだって思ってた……」
思わず沙織がそう言った。以前から綾也香は鷹緒のことが好きだと公言していたはずなのだが、今の綾也香は広樹への失恋のために泣いており、沙織の頭はこんがらがっている。
そんな沙織に、綾也香は口を開いた。
「ごめんね。実は私、ずっと社長のことが好きで……鷹緒さんのことはカモフラージュっていうか、みんなに便乗しているところもあって……」
「……どういうこと?」
「うん……みんなと同じように鷹緒さんのことが好きって言ってたら、本当に好きになって他のこと忘れられるかもなんて思ってたけど、私って馬鹿だから全然外へ目も向けられなくてさ……それに公言してたら社長の耳に入って、やきもち妬いてくれるかなとか、焦って私のこと意識して見てくれるかも、なんて……鷹緒さんに言わせれば馬鹿みたいな浅知恵かもしれないけど、私はそんな作戦しか思いつかないほど本当に切羽詰まってたんだよ」
やきもちを妬いてほしいという気持ちは沙織にもわかったが、目先の疑問がどうしても気になる。前に綾也香から、鷹緒と昔付き合っていたということを聞かされていたことだ。鷹緒は友達以上恋人未満という曖昧なことを言っていたが、腑に落ちない部分は大きい。
「じゃあ前に言ってた、鷹緒さんと付き合ってたっていうのは?」
「ああ……ごめんね。それは嘘なの。沙織のこと、ちょっとからかったっていうか、見栄張ったっていうか」
「それじゃあ、何もないの……?」
自分が安心したいこともあり、傷心の綾也香にも沙織はそう投げかける。その顔は必死のようだ。
「うーん……付き合ってはないけど、キスはしたかな」
綾也香の言葉に、沙織は目を泳がせた。何もないはずはないと思っていたが、聞きたいという気持ちと聞かなければよかったという気持ちが交差する。
「そ、そうなんだ……」
「でもあれはお互いに意味なんかなくて……私もヤケになってただけ。鷹緒さんは私の中では憧れで、ずるいけど社長に近づくために必要な人。鷹緒さんもそれがわかってて協力してくれたりしたんだけど……作戦は失敗したし、今は沙織が大事みたいだから全然乗ってくれなかったよ」
「え……?」
突然自分の話になり、沙織は目を見開いた。そんな沙織に、綾也香は泣いて真っ赤になった目を細めて笑う。
「沙織、鷹緒さんのこと好きでしょ? 二人の関係がどうかなんて聞かないけどさ、今回は私が沙織のことで脅したもんだから、鷹緒さんも相当怒ってると思う。だからさっきも事務所に来てくれたんだと思うし……」
「脅したって……」
「私も本気じゃなかったけど、鷹緒さんってば沙織のこと全力で守るって……」
それを聞いて沙織は頬を染めたが、綾也香はそんな沙織の顔は見ずに俯く。
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音