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FLASH BACK

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 諸星さんが電話を切ったことを確認し、俊二さんは真っ赤になって深呼吸した。
 私は近くにいて、電話の声はすべて聞こえていたので、諸星さんの優しい言葉が沁みた。
 でも俊二さんは、別のことで顔色を変えている。
「こりゃあ一大事……」
 そう言った俊二さんと目が合った。俊二さんは、私を安心させるように微笑んでくれる。
「ありがとう、万里ちゃん。もう大丈夫。ちゃんと送られてきたから。あと聞こえてたと思うけど、鷹緒さんが大丈夫だからって、万里ちゃんに伝えてって」
「はい、聞こえました。でも本当に大丈夫でしょうか……すごく怒っていらしたみたいですけど」
 俊二さんは苦笑する。
「大丈夫だよ。あの人が怒ったのは僕にだし、それも一発目だけ。いつもそうだからわかってたけど、やっぱり迫力あったな……久々に怒られちゃったよ」
「でも……」
「あのね、たとえ万里ちゃんがミスしたって、僕の仕事なんだよ。それを知ってる鷹緒さんは、万里ちゃんには絶対に怒らないよ。そういう人だから」
「そうですか……でもごめんなさい。私のせいで怒られちゃって」
「だからもういいって。誰から見たって、元ファイルを残しておかなかった僕が悪いんだよ。他の誰のミスでもないし、それは僕もわかってるから、もうやめよう」
 そう言って、俊二さんは立ち上がる。
 それを止めるように、私は口を開いた。
「わかりました。でも、もう一度私にやらせてください」
「いやいいよ、こっちの仕事も先が見えたし、もう定時だし……」
「定時過ぎに帰ることなんていつもです。最後までやらせてください。お願いします!」
 責任を感じているのもあったが、与えられた仕事は最後までやり遂げたい気持ちがある。
 私の熱意に押されたように、俊二さんは頷いた。
「わかった。じゃあお願いするよ」
「ありがとうございます!」
「今度はコピーをいくつか作っておいたから大丈夫だけど、一応別名で保存して。あと、ちゃんとプラン表を見て、今度は間違えないようにね」
「わかってます。頑張ります!」
 私は笑顔に戻って、パソコンの前へ座り込んだ。また失敗するかもしれないということは怖かったが、きちんと最後までやりたい。
 俊二さんはそのまま社長室へと向かっていくが、逆に社長室から社長が出てきた。
「社長、大事件です!」
 そう言った俊二さんは、どこか楽しそうにも見えた。
 その言葉に、私は気になって思わず振り向く。
 社長は怪訝な顔をしながらも、俊二さんの言葉に微笑んでいる。
「なに? 鷹緒の電話、もう終わったの?」
「はい、それは……で、鷹緒さんの電話の向こうで、金髪美女の外人の声が!」
「ええー!」
 定時を過ぎて、いつもより増してアットホームな雰囲気となった事務所内が、一気に諸星さんの話題で盛り上がる。
「なんで金髪美女ってわかるんだよ」
 社長は驚きつつも、苦笑してそう言った。
「あ、ああ。外国人女性はみんな金髪美女かと思って……でも、なんか英語でペラペラしゃべってました!」
「ふうん。なんだって?」
「僕、英語さっぱりなんでわかんないっすよ。でも真夜中に女性といるなんて、こっちじゃそうそう聞かない話なんで、興奮しちゃって……」
「確かにね。まあでも、こっちで真夜中に鷹緒へ電話しても、一緒にいる女性は声なんか出さないと思うけど……そこは外国だからかなあ」
 そう言っている社長は、冷静に物事を分析しているように見える。というより諸星さんとは昔からの知り合いらしいので、見えない信頼のようなものを感じた。
 そのため、きっと諸星さんに女性がいようと、それはしっかりした付き合いだと信じているし、そこに女性がいても、仕事で女性と泊まらざるを得ない状況も少なからずあるだろう。大事にする問題でもないと思ったのだと、私は社長の心情を分析した。
 その時、企画課の電話が鳴ったので、電話の目の前にいた私が出た。
「はい。WIZM企画プロダクション、企画課でございます」
『諸星ですけど。さっきの子かな?』
 そこには、今話題の渦中にいる諸星さんの声がある。一気に私は緊張した。
「は、はい。君島です」
『うん。べつに怒ってないから、気にしなくていいからね。それから、社長いたら代わって欲しいんだけど』
「社長ですね。わかりました」
 私は用件だけを聞いて、社長を見つめた。
「僕?」
「はい、諸星さんです」
「おお、向こうからとは珍しい。もしもし?」
 受話器を取る代わりにハンズフリーのボタンを押して、社長は楽しそうに電話を受けた。そんな様子から、諸星さんという人がいかにこの事務所で大切な人なのか、改めてわかった気がする。
 静まり返った定時過ぎの事務所には、ハンズフリーのスピーカーからでは、聞き耳を立てなくてもよく聞こえる。
『ヒロ? 久しぶりだな。そっち、大丈夫かよ』
「大丈夫。悪かったな、夜中に起こしたみたいで」
『本当だよ。おかげですっかり目が冴えた』
「ハハハ。今、おまえの噂してたとこ。金髪美女が隣にいるんだって? しがらみないからって、そっちでやりたい放題してくれてるんじゃないだろうな。今、ハンズフリーにしてるから、ちゃんとみんなに弁明しろよ」
 電話の内容に興味津々の様子で、事務員たちは手を止めて電話を見つめている。
『金髪美女? ああ、俊二だな。そんなくだらないこと言ってんの……金髪じゃないけど、赤毛美女ならいるよ』
「ほう。それはキャサリン? エイミー?」
『なんでそんな英語の教科書みたいな名前なんだよ……エマっていうんだけど、三崎さんの友達っていうカメラマンのスタッフ。よく仕事でかちあってんだけど、ここ一週間も、うちで泊まり込みの編集作業に使われててさ』
 三崎さんというのは諸星さんの師匠で、日本でも有名な写真家の一人であると聞いている。今はアメリカに拠点を置き、二年契約で諸星さんを呼び寄せた張本人でもある人のようだ。
「二人っきりで?」
 社長もからかうのが面白くなっているらしく、顔が緩んでいる。
『いや、三人。なんで狭い俺の部屋でやんのってくらいに使われ放題だけど……頼むから俺のいない間に、日本で変な噂流さないでくれよ。俺は弁明出来ないんだから』
「ハハハ。やっぱりな。おまえのことだから、どうせ女っ気ないんだと思ってた」
『ふーん……そういうおまえも、ちょっとビビったんだろ』
 今度は諸星さんが、社長をからかっているらしい。
 私はその様子から、二人がどんなに長い付き合いなのか、窺い知れる気がした。
「なに言ってんだ。でも夜中なのに女性の声がするって、俊二が慌てた様子で言うからさ」
『なんでだよ。でも、なんだっけな……ああ、何かトラブルでもあったのかって聞かれたから、大したことじゃないって言った程度だったと思うけど。もう寝てるし』
「なんだ。つまらん」
『ったく、馬鹿なこと言ってんなよ。そんなことより電話したのはさ、この間もらったCFオファーのことなんだけど』
「ったく、おまえは仕事のことでしか電話してこないな」
『当たり前だろ。なんでおまえに私用で電話かけんだよ。気持ち悪い』
「ひどい言われようだな……まあいいや、それで?」
 それから社長は受話器を取って、しばらく仕事の話を続けていた。
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音