FLASH BACK
最初に口を開いたのは結衣香である。それに続いて、奈保子も微笑む。
「女子会じゃないです。諸星さんと飲めるなら、琴美だって元気出るよね?」
まるで琴美をダシに使うように奈保子が言ったが、琴美もまた嫌がってはいない。
「うん……私は構わない」
「じゃあ決定。副社長は用事あんだろ。帰れよ」
「えっ?」
驚いたのは理恵である。
「副社長、用事があったのに飲みに誘ってくださったんですか? そこまでしてくれなくても大丈夫です……」
「いや、べつに私は……」
「ほら、オバサンは放っておいて、とっとと行こうぜ」
鷹緒はそう言って、ジャケットを持ってすでに出入口へと歩き始めている。
「諸星さんってば、そんなヒドイ……」
「早くしねえと置いてくぞ」
「行きます行きます! 諸星さんから誘われたの初めてだし。じゃあ副社長、ありがとうございます。失礼します!」
「お先に」
こうして三人は、鷹緒とともに会社を出ていった。
残された理恵は呆気にとられながらも、鷹緒の優しさをわかりつつ、少しむっとしていた。
会社近くの居酒屋で、四人は乾杯した。
「カンパーイ」
「このメンツで飲むの初めてだよな」
鷹緒の言葉に、隣に座っていた奈保子が大きく頷く。
ちなみに奈保子と結衣香は新事務所になってからの社員で、琴美はそれより一年ほど後のため、鷹緒がアメリカに行っている最中に雇用された人物である。また鷹緒とは部署が違うため、今まであまり話す機会もなかった。
「はい。みんな一緒っていうのもほとんどないですし。諸星さん、全然こういう飲み会とかに顔出してくれないんですもん」
「そう? 時間が合わないだけだと思うけど」
そう言いながら、鷹緒は目の前にいる琴美を見つめる。
「どうぞ?」
瓶ビールを差し出して鷹緒が言う。琴美はこくりと頷いて、グラスを持って注いでもらった。
「まあ……慰めにはならないだろうけど、あんま気にすんなよ」
そんな鷹緒の優しい言葉に、琴美は失恋を思い出して涙を流す。
「ああもう、琴美……」
琴美の隣にいた結衣香が、琴美の頭を撫でながら、鷹緒を見つめた。
「諸星さん、社長と仲良いんですよね? 琴美の何がいけなかったんでしょう……」
そう言われて、鷹緒は苦笑する。
「さあ……あいつが何考えてるかなんてわからないけど」
「仲良いのに……」
「まあでも……あいつは会社のやつに手は出さないんじゃない?」
鷹緒の言葉に、三人は興味津々の様子で前のめりになった。
「なんでですか?!」
物凄い勢いに圧倒され、鷹緒は逃げるように手を上げて店員を呼び、日本酒を追加する。
「諸星さん。教えてください!」
「いや……他人のことだから滅多なこと言えないし」
「じゃあなんでそんなこと言ったんですか」
「だって普通そうだろ。ましてあいつは社長なんだし……みんなの社長なのに、一人に決められる甲斐性ないよ、あいつは」
そう言いながら、鷹緒はやってきた日本酒に口をつける。
「そんなものですか……」
「なに? 実は三人とも社長狙い?」
「いえ。私は諸星さん……」
結衣香はそう言いかけてやめた。それを聞いて鷹緒は苦笑する。鷹緒が沙織と付き合っていることは、社内でも重役クラスしか知らない。
「へえ……それはありがたいけど」
先程の広樹と同じように、鷹緒は口をつぐんだ。
「諸星さんって、彼女いるんですか?」
奈保子にズバリを聞かれ、鷹緒は不敵に微笑む。
「いるように見える?」
「え……うーん。でも前より話しやすいかも」
「前っていつだよ」
「アメリカ行く前とか、帰国したての頃とか……」
「それはただ単に、お互い慣れてきただけじゃないの?」
はぐらかすように言いながら、鷹緒はつまみに手をつけた。すると琴美がじっと鷹緒を見つめてくる。
「あの……もしかして、社長って彼女いるんですか?」
「さあ。どうだろうな……それは直接聞けよ」
「もうそんな勇気あるわけないです」
「……いないんじゃないの? あいつだって仕事が恋人だろ。あいつが仕事じゃなくて彼女がどうとかいう相談してきたら、逆に俺は怒るよ」
そんな鷹緒の言葉に、三人は目を見合わせる。
「あの。もしかして、社長の恋人って……諸星さんなんですか?」
そう言われて、鷹緒は口に含もうとした日本酒を吹き出した。
「てめえら……なに言ってんだよ」
鷹緒はそう言うものの、目の前にいる三人は真剣な顔をしている。
「じゃああくまで噂ですか?」
まるで尋問のような質問に、鷹緒は苦笑した。
「当たり前だろ。気色悪い……」
「でも前から言われてるって聞きました。社長も諸星さんも仕事の鬼だし、二人ともモテるのに全然噂を聞かないのは、実は……」
「ああストップ、ストップ。俺もあいつもノーマルなんで」
「じゃあ今度合コンしましょうよ。企画部とモデル部で」
奈保子の言葉に、鷹緒は口を曲げた。
「同じ社内で合コン?」
「だってモデル部なんて、ほぼ女子ですよ? 企画部はイケメン多いのに」
「メンツがメンツだけどな……」
広樹はともかく、企画部の主要メンバーは自分や俊二など、隠しているが恋人持ちだ。
「やりましょうよ――」
「どうせなら社外の人紹介するよ。企画部ったって、部長は妻子持ちだし、俺も俊二も忙しくてそれどころじゃねえもん」
「ショック! でも他の人紹介してくれるなら、それでも……」
酒も入ってきて大らかになってきた女性陣を見て、鷹緒は微笑む。
「そうそう。社内恋愛なんて面倒臭いことから目を逸らしたほうが得策だぞ」
「あー、諸星さん。私たちから逃げる気だ?」
「そうだねえ……まあ、手を出しにくいポジションなのは確かだな」
「そう言われちゃ、社長なんて夢のまた夢ですね……」
「あいつも今頃、苦悩してると思うけどね……」
苦笑しながらも、鷹緒は女子会の中に混じり、いろいろな話を続けていた。
一方の広樹は、社長室に一人残ったまま、深い溜め息を何度もついていた。仕事は片付いたのだが、先程の告白に頭を悩ませる。
すると、鷹緒が顔を覗かせた。
「やっぱりいたか」
「鷹緒……なんで?」
「社長ってばひどいですう……って言われてたぞ」
「……飲みに行ったみたいだね。理恵ちゃんが言ってたよ。でも、こんな時間に戻って来るなんて」
「おまえこそ、終電逃すほど仕事してたわけじゃなさそうだし?」
何もない机の上を見て苦笑しながら、鷹緒はソファに座る。そして買ってきた缶コーヒーを開け、もう一本を広樹の分と言わんばかりに前の席へ置いた。
「……今終わったところだよ」
言い訳をするように言った広樹に、鷹緒は広樹を見つめて笑った。
「一社員が告白したくらいで、動じるおまえだったっけ?」
そう言われて、広樹はまたも溜め息をつきながら、鷹緒の前にあるソファに座り、鷹緒が置いた缶コーヒーに口をつける。
「もっと……傷つけない言い方があったんじゃないかとか、いろいろ考えてたんだけど……やめないよね? 琴美ちゃん……」
告白によってギクシャクして社員が辞めてしまうかと思うだけで、広樹の心は重くなっていた。
「さあ……飲んでた感じでは、普通に戻ってたけど」
「そ、そう……」
「まあ、社員は手を出せないよなあ……」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音