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FLASH BACK

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26.OFFICE LOVE



「お先に失礼します」
 事務長の牧の言葉に、残っていた数人の社員がお辞儀をする。
「おつかれさまでした」
 今日の牧は早朝から出勤だったため、いつもより早く帰るらしい。社内には牧の直属の部下である事務の高橋奈保子(たかはしなほこ)が受付に座っているほかは、モデル部に新見結衣香(にいみゆいか)と吉田琴美(よしだことみ)という女性社員が二名残っているだけで、企画部は誰もおらず、あとは社長室に広樹がいるだけである。
 牧が帰った事務所で、残っている女子社員三人が目配せをした。
「琴美、チャンス!」
 事務の奈保子の言葉に、琴美は思いつめた様子で俯いた。
「そろそろ副社長も帰ってくるし、今しかないよ」
 結衣香もそう言って、琴美の肩を叩く。
「ちょっと……出ててくれる?」
 琴美は震える声でそう言って立ち上がる。それを見て、奈保子と結衣香は静かに頷いた。
「わかった。頑張れ!」
 会社を出るほど遠くに向かう二人を見届けて、琴美は生唾を飲み込むと、社長室のドアを叩いた。

 社長室の広樹は、大きな机の前で書類に向かっており、手には判子を持っている。
「琴美ちゃん?」
「失礼します。ちょっと……いいですか?」
 深刻な顔の琴美に、広樹は良からぬ不安を抱いて頷く。あまり一対一で話したことはない相手であるが、当然ながら大事な社員の一人であり仲間意識もある。
「どうぞ」
 退職の話かと身構えて、広樹は立ち上がり、琴美を応接用のソファに座るよう勧めた。しかし琴美は首を振ってその場から動かない。
「いえ、ここでいいです」
「……立ったまま?」
「はい。あ、あの私……しゃ、しゃ、社長のことが好きなんです!」
 切実な目をして琴美が言った。声は小さかったが、勢いまで失くせば言葉も発せられないほど緊張している。
 それを聞いて、広樹は大きな目をより一層開けたが、やがて理解して苦笑した。
「ああ……そうなんだ。ありがとう……」
 広樹は苦笑しながらそう言ったかと思うと、辛そうに息を吐く。
「でもごめんね……僕は経営者として未熟で、恋愛とかそういうのを考える余裕がないんだ。だからとても嬉しいけど、琴美ちゃんが嫌だとかそういうんじゃなくて、今は考えられないんだよ……」
 丁寧にまた正直に言った広樹は、好感の持てる断り方だったと思う。しかし琴美が振られたことに変わりはなく、悲しみだけが押し寄せる。
「じゃあ……待っていたら望みはありますか?」
 はっきりと言った琴美に、広樹は目を泳がせる。そして静かに微笑んだ。
「……琴美ちゃんは、ここで働くのは好き?」
 突然、何の関係もないところを突かれて、琴美は面を食らった。
「は、はい。好きです」
「ありがとう。こんなことで辞めないでね」
「……質問には、答えていただけないんですね?」
「ごめんね……だってそれは僕にもわからないから」
「誰か……好きな方がいらっしゃるんですか?」
「それはないけど……僕も全然恋愛してこなかったからね。気になるといえばみんなのこと気になるし、でもそれが恋なのか情なのか……そんなことを考えているくらいなら、今は仕事に専念したい時期ではあるってことなんだけど……」
 普段は温厚なイメージの広樹も、社長という立場もあって仕事人間に徹しており、その断片はここまで琴美が踏み込まなければ見えなかったものである。
 琴美は納得したようなしていないような複雑な表情を見せながらも、静かに頷いた。
「わかりました。聞いてくださって、ありがとうございました……」
「こっちこそありがとう……でも本当、これからギクシャクするのはやめようね。琴美ちゃんは大事な社員だし、嫌いとかそういうんじゃないから……」
 フォローする広樹の言葉も、今の琴美にはすんなりと伝わらない。ただ失恋したショックだけが包み、肩を落として社長室を出ていった。

 会社の出入口で様子を窺っていた奈保子と結衣香は、戻ってきた琴美を見つけるなり、大きく手招きした。そんな二人を見て、琴美の目から涙が溢れ出す。
「もう。泣かないでよ」
 会社から出たロビーで、三人は輪になった。
「だって……わかってはいたんだけど、やっぱり辛いね」
「琴美……」
 その時、エレベーターが開いて、副社長の理恵が会社に戻ってきた。その場から薄暗い廊下の片隅で、三人の姿が見える。
「……どうかしたの?」
 ただならぬ雰囲気に、理恵は目を丸くして尋ねた。
「ふ、副社長……!」
 琴美は理恵の顔を見て緊張が解れたように、号泣しながら理恵に抱きついてそう言った。
「どうしたの」
「琴美、社長に告白したんです……」
 結衣香がそう言ったので、理恵はこの様子から、広樹が琴美を振ったのだと悟る。
「そう……駄目だったんだね」
「どうしよう……私、もう社長の顔が見られません」
「そんなこと言わないで……」
 そんな時、エレベーターがやってきた音が鳴って、一同は振り向いた。そこには同じく驚いたように首を傾げる鷹緒がいる。
「……どうしたの?」
 琴美が泣いているのはわかったが、女子同士の話に進んで入るわけにもいかず、また理恵が宥めているのを見て、鷹緒はそう聞きながらも会社の出入口へと向かっていく。
「ちょっと……大丈夫です」
「……そう」
 それ以上は言わず、鷹緒は会社へと入っていった。
 社内は節電状態で、奥の一角と社長室しか電気がついていない。また社内には広樹しかいないことがわかって、鷹緒は瞬時に何が起こったのかを悟った。
「モテるじゃん」
 社長室を覗きながら、からかうように鷹緒が言う。広樹は深い溜め息をついて顔を顰めた。
「あのねえ……でも大丈夫そう? 琴美ちゃん……」
「どうだろうな。泣いてたけど」
「あちゃー……どうしよう。もう少し話したほうがいいかな」
「付き合う気がないならやめとけよ。女子は女子がなんとかするだろ」
 そう言って、鷹緒は社長室を出て自分の席へと戻っていった。
 すると理恵が社内に入ってくる。しかしまだ女性三人は入ってくる気配がない。
「まだ慰め中?」
 鷹緒の言葉に、理恵は苦笑する。
「まあね……飲みに行けば少しは気が紛れるでしょ」
「おまえが連れてくの?」
「うん。他に誰がいるの?」
「……今度にしろよ。恵美が大事な時期なのわかんないのか?」
「恵美は大人よ。わかってくれるわ」
 それを聞いて、鷹緒は溜め息をついた。確かに恵美は大人の部分もあるが、理恵には見せない部分もある。そして自分がそれを埋められないことも辛くて、つい理恵に口を出してしまう。
「……そうか」
 その時、やっと三人が社内に入ってきた。
「さあ、さっさと支度して行きましょう」
 理恵の言葉に三人は頷く。もはや琴美に触発され、奈保子も結衣香も落ち込んでいるように見える。
 その時、鷹緒がおもむろに立ち上がった。
「ねえ。俺も行っちゃ駄目?」
 鷹緒の言葉に、一同は目を丸くする。
「え……」
「女子会に、俺なんか行っちゃ駄目かな……」
 そう言う鷹緒はどこか不敵な笑顔を見せており、また勤め出して新しめの三人にとっては、それは初めての誘いで驚いている。
「いえ、全然! 諸星さんが来てくれるんですか?」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音