FLASH BACK
「でも、卒業祝いで昨日は理恵さんにエステおごってもらっちゃったし、ヒロさんからはデパートの商品券もらっちゃったし……ドレスも着々と仕上がってるっていうし、こんなお金かけてもらっちゃって……」
「個人的な品はともかく、おまえのドレスは新人で向こうがやりたいって言ってんだから実費程度だし、ヘアメイクも知り合いだから金のことで気にすることないよ。それより俺からは何が欲しい?」
優しく微笑む鷹緒を見れば、物なんて必要ない。沙織は含み笑いを零して料理を食べる。
「いらない」
「なんだよ。ヒロとかからは受け取ったんだろ」
「だって鷹緒さんには、物でごまかされたくないもん」
「ほう……言うようになったね、沙織ちゃん」
からかいながらも鷹緒は苦笑している。
「い、言い方の問題だよ。物なんていらないの」
「じゃあ何が欲しい?」
「……時間かな」
「それは難しい注文だな……」
「うん、わかってる。言ってみただけ」
諦めるように俯く沙織を見て、鷹緒は食事を終えてフォークを置いた。
「沙織。おまえ……これからどういう方向でいきたい?」
「え……?」
急に真面目な顔をした鷹緒に、沙織は不安で顔を曇らせる。
「仕事のこと。これから定期的にテレビにも出るんだし、ただのファッションモデルでもないだろ。これからもこんな感じでいいの? それとももっとテレビとかに露出多くしていきたいの?」
そう聞かれて沙織は押し黙った。日々楽しく仕事をしているものの、きちんとした目標というものはまだなく、先のことを考えると怖くなるのは事実である。
「まだ……よくわからない。やる気はあるよ。撮影もテレビも関係なく、今の仕事は楽しいから……」
言いながらも委縮するような沙織を見て、鷹緒は食後のコーヒーを飲みながらデザートに口をつける。
「べつに怒ってるわけじゃねえよ? 単純にどうしたいのかなって……俺がおまえにしてやれることなんて、仕事関係のことでしかないから……おまえがこういうことやりたいっていうのがあるなら、極力動くようにするし」
それを聞いて沙織は静かに笑った。鷹緒らしい嬉しい気遣いなのだが、沙織の望むこととは少しずれている。
「ごめんね。なんか悩ませちゃってるみたいで……やっぱり何か買ってもらおうかな」
「なんだよ。仕事の話じゃ不満か?」
「そういうわけじゃないけど……仕事としては、もっといろんなことをやりたいと思ってるよ。でも私、なんにもないから……きっとこれからも何がしたいというよりは、与えられた仕事をこなしていくだけなんだと思う」
少し落ち込んだ様子の沙織に、鷹緒は微笑んだ。
「おまえはよくやってるよ。与えられた仕事こなせるだけ偉いと思う。焦らなくていいから、そのままいけばいい。いろいろやってみろよ。いつかきっとやりたいこと見つかるから」
「うん……」
卒業式当日。朝早くから自分のためにスタッフが集まるということで、沙織もまた早めに目を覚ました。支度をしていると、部屋の呼び鈴が鳴る。
「はい……」
「おはようございます。お迎えに上がりました」
受話器からそんな鷹緒の声が聞こえて、沙織は慌てて玄関のドアを開けた。するとそこにはスーツを身に纏った鷹緒がいる。迎えに来るなど、そんな話は聞いていない。
「鷹緒さん。どうして……?」
「おはよう。支度出来た?」
「あ、もうちょっと……」
「じゃあ早くしておいで。待ってるから」
「う、うん」
訳も分からないまま時間に押されて、沙織は部屋の中に戻り大急ぎで支度をした。とは言ってもこれから本格的にドレスアップするため、必要な物を持って出ればいいだけの話である。
「お待たせしました……」
少しして、沙織はそう言いながら玄関へ向かった。玄関で待つ鷹緒は優しい笑顔を向けて手を差し出す。それにつられて沙織もその手を取った。
「卒業おめでとう」
「ありがとう……なんか鷹緒さん、いつもと違う感じ」
「今日は沙織が主役だからな。行こうか」
「うん」
「あ、その前に……」
靴を履き始める沙織に、鷹緒の顔が近付いた。そのまま二人はキスをする。
「やだ……」
「嫌なの?」
「朝から嬉しすぎる……」
そんな沙織を前にして鷹緒は笑顔で応えると、二人は手を繋いだままマンションを出ていった。
するとマンションの前には、真っ青なオープンカーを背にした広樹の姿があった。広樹もまた鷹緒と同じくカッチリとしたスーツを着ている。
「ヒロさん!」
沙織はまたも驚いた。
「おはようございます、お姫様」
そう言いながら、広樹は助手席のドアを開ける。その間に鷹緒は運転席へ向かい、最後に広樹が後部座席へと乗り込んだ。
「どうしたんですか? この車……」
「ああ、俺の。新しく買ったんだ」
さらりと言った鷹緒に、沙織は驚きの連続で目を丸くしたままである。
「ええ! いつの間に?」
「今年、車検だって言ったろ」
「でもオープンカー……」
「大丈夫。自動で閉められるから。まああんまり開けることないだろうけど、この卒業式もあったしで、ヒロと選んだんだ」
「そうそう。やっぱり派手にするにはオープンカーでしょ。色は鷹緒が惚れ込んだ感じだけど」
広樹も間に入ってそう言った。
「この色好きなんだよ」
「そういえば最初に会った時の鷹緒さんの車も、こんな感じの色だったよね」
「うん。どう? お姫様の馬車としては」
「カッコイイ」
「そりゃあよかった。外車だけどコンパクトだし、まあやっと本来の好きな車に戻った感じかな」
驚いている沙織の反応に、鷹緒は満足げに笑った。そんな二人を前にして、広樹も笑って口を開く。
「この前の車は適当に決めてたもんな。まあ日本に帰ってきてすぐに必要だったから納得だけど。しかしこんな朝から車なんて、渋滞もいいとこだな……」
そんな広樹の言葉に、鷹緒は苦笑した。
「特別な日だから迎えに行こうって言い出したの、おまえだろ」
「でも本当に嬉しい……カッコイイ二人にお出迎えされちゃって。麻衣子が聞いたらやきもち妬くかも」
笑いながら沙織がそう言ったので、広樹もまた笑って口を開く。
「麻衣子ちゃんは四年制大学だからまだだしね。今年が大学卒業の子は沙織ちゃんだけだから、こんなこと出来るんだよ」
「嬉しいです。ありがとうございます」
「いいえ。今日は王子と騎士(ナイト)に徹しますからね」
「あはは。どっちがどっちですか?」
「それは姫が決めてください」
そんな話を沙織と広樹が繰り広げているうちに、車は会社前に到着した。今日はここでメイクアップする。
最初と同じように広樹が助手席のドアを開け、沙織はそのエスコートを受けるように車から降りた。
すると運転席の鷹緒が、身を乗り出して沙織を見つめる。
「沙織。俺は一個仕事片付けて戻る。おまえの準備出来たら撮影するからな」
「うん」
「じゃあ行ってらっしゃい。頑張って」
鷹緒の言葉に微笑みながら、沙織は広樹とともに会社へと入っていった。
まだ早朝というのに、WIZM企画の社内では社員のほとんどが出勤しており、クラッカーで沙織を歓迎する。
「沙織ちゃん、卒業おめでとう!」
「わあ。ありがとうございます!」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音