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25.沙織をプロデュース!



 三月上旬。その夜、沙織は残業の鷹緒を待って、事務所奥のフリースペースとなるカウンターテーブルで、雑誌を読みながら時間を潰していた。社内には社長室に広樹がいるだけで、鷹緒は会社外の喫煙室にこもって仕事をしている。そのため社内の広いフロアに、今は沙織しかいない。
「あれ、鷹緒はまだ終わらないんだ?」
 しばらくすると、社長室から広樹が出てきて言った。
「はい。まだ喫煙室から戻らなくて……」
「最近、企画目白押しだからなあ……無理もないけど」
「ヒロさんは終わったんですか?」
「僕は気分転換。コーヒーでも飲もうと思って」
「じゃあ私がやりますよ」
「いいよいいよ、気分転換なんだから気にしないで。それにうちの社訓は“やれることは自分でやれ”だからね。お構いなく」
 そう言いながら、広樹は給湯室へと入っていく。
 すると鷹緒がノートパソコンを片手に戻ってきた。
「鷹緒さん」
「待たせて悪いな。終わったよ」
 鷹緒は自分のデスクにパソコンを置くと、ふと給湯室にいる広樹が目に入って声をかける。
「ヒロ。そっちは?」
「もうちょっとかな。お先にどうぞ」
「帰る前に俺もコーヒー飲みたい」
 給湯室へ鷹緒も向かうと、すかさず広樹が二人分のコーヒーカップを差し出した。
「サンキュー」
「ノープロブレム」
 そんな二人のやりとりにくすりと笑いながら、沙織は広樹が淹れてくれたコーヒーを鷹緒から受け取った。そのまま三人は小会議スペースと呼ぶ大きめのテーブル前に座る。
「そっちの仕事はどう?」
 広樹がそう尋ねるので、鷹緒は軽く頷いた。
「ぼちぼち片付きつつあるよ」
「最近詰めてんなあ」
「だってイベントすっぽかすと、カノジョに愛想つかされちゃうから。ね?」
 冗談交じりにそう言いながら鷹緒が横目で見つめるので、沙織は驚いて目を丸くする。
「えっ」
「そっか。もうすぐビッグイベントだったね。沙織ちゃん、卒業式か」
 驚く沙織を尻目に、広樹が察して笑顔で言った。
「まあ実際、俺は何もしてやれないけど……せめて一日みっちりのスケジュールくらいはどうにかしないとな」
「そ、そんな無理することないのに……」
「しなきゃしないで怒るくせに」
 からかうように言う鷹緒に反し、顔を赤く染める沙織。そんな二人を前にして、広樹は歯を見せて笑う。
「よし、じゃあ卒業式の日の沙織ちゃんを、我がWIZM企画プロダクションで全面プロデュースしましょう!」
「なんだそれ?」
「学校一の美少女として相応しく、ドレスアップするってこと」
「おお。いいな、それ。何してやろうかと考えてたから、そうしてくれると俺も助かる」
「えー! いいですよ、そんな大々的なことしてくれなくて」
 盛り上がる広樹と鷹緒に、沙織は大きく手を振るが、二人の会話が止まることはない。
「遠慮しなくていいよ。だってこれから社会人でしょ。たぶん人生最後の卒業式だよ? 今年は大学卒業するの沙織ちゃんだけだし、せっかくだからやろうよ」
「そうと決まれば日にちもないし、軽く打ち合わせやっちゃおうぜ」
 鷹緒がそう言うと、広樹は大きめの紙を取り出してペンを構える。もう二人は真剣な顔で、気後れする沙織を置いて、完全に仕事モードに突入しているようだ。
「沙織ちゃんはどんな服がいい? 着物とかドレスとか」
「え、あ……特にこだわりはないですけど。本当にいいんですか? 忙しい時期なのに……」
「どのみち式自体は関われないけど、せっかくこういう事務所にいるんだから、最後の卒業式くらい派手にいけよ。嫌ならいいけど、乗っちゃえば?」
 軽く鷹緒が言うので、沙織は遠慮しながらも嬉しさに微笑む。
「うん!」
「じゃあ決まり。この間は振袖着たし、ドレスにしようよ。撮影もするだろ」
 鷹緒の言葉に、広樹は頷きながらメモしていく。
「じゃあドレスでいいかな。急だけど貸衣装に明日一番に電話させるとして……」
「いや。だったら売出し中の新人デザイナーいるから、そっち当たってからにして。貸衣装は今からだとキツイだろ」
「ああ、貸衣装も稼ぎ時か」
「紹介されたばかりの新人だけど、恩は売っておきたいしな。当たってみるよ」
「じゃあ任せる。無理そうならモデル部に振って」
「了解」
 テキパキと本格化した打ち合わせに、沙織はただ呆気にとられているだけだ。しかしそんな沙織を尻目に、二人の話が止まることはない。
「ヘアメイクは……その日、いつもの陣営は出張部隊について行っちゃってるんだよなあ」
「まあ最悪の場合はモデル部が出来るけど……髪もあるし、だったら美容院行ったほうがいいかもな」
「そういえば、嵐は? フリーになったらしいじゃん」
「ああ、聞いた。今度撮影で一緒になるかもしれないとは、ちらっと聞いてるけど」
 突然出た見知らぬ名前に、沙織は首を傾げた。
「あの……アラシって?」
「昔よく組んでたヘアメイクの五十嵐ってのがいるんだ。通称・嵐」
「そう。数年間、女優さんに専属でついてたんだけど、フリーになって戻ってくるらしくてね。腕は上達してるらしいし知り合いだからさ。これから沙織ちゃんも撮影とかで会うと思うよ」
 鷹緒に続いて広樹が言った。そして鷹緒は立ち上がり、早くも電話をかけ始める。
「いろんな方とお知り合いなんですね」
「そりゃあね。この世界、出たり入ったり忙しないですから」
「なんかすみません。お忙しいのに、こんな本格的にやっていただいて……」
「なに言ってるのさ。水臭い……僕らは戻りたくても学生には戻れないからね。最後の卒業式くらい大事にしたいじゃない。それにせっかく企画業もやってるんだから、こんな時こそ人脈フル活用」
 その時、鷹緒が届いたファックス用紙を片手に戻ってきた。ファックスには、ドレスのデザイン画が描かれている。
「嵐はオーケー。あとこれ、とりあえず今あるドレスのデザイン画だって。この中から選んでくれたらすぐに渡せるらしいけど、出来ることなら今からデザインして製作したいってさ」
「マジで? 間に合うの?」
「新人だから仕事したいし、突き詰めたいんだろ。それで間に合わなきゃプロとして失格なんだから、とりあえずいいんじゃない? 沙織の写真は送っておいたから、すぐデザインに取りかかるって。あと明日にでも寸法計りに来たいらしい」
「そ、そんな贅沢なことしなくていいよ!」
 ここまで来たが、思わず沙織が言った。本格的なヘアメイク、そしてデザインから取りかかるという特注スタイルのドレス、たった一日のためにどれをとってももったいない話である。
 そんな沙織に、鷹緒は口を曲げた。
「プロデューサーはヒロだろ。おまえ無視するわけじゃないけど、そういう遠慮や謙遜とかはいらないの」
「そうそう。こっちもやるからには本気でかかるからね。会社の一企画としてやるんだし、手を抜くつもりはないよ。大丈夫。変なようにはしないから」
 その日から、沙織は事務所の全面バックアップにより、卒業式へ向けての自分磨きが始まった。

「こんなにしてもらっていいのかな……」
 数日後の夜、鷹緒と外食をしている沙織がそう言った。
「大したことじゃねえだろ。気にすんなよ」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音