FLASH BACK
「どうもー。上がって上がって」
「ヒロ、引っ込めって……」
無理にリビングへと戻すと、鷹緒は沙織を見つめた。
「悪い。バタバタしてて……」
「ううん。私も……メールして返事なかったけど、勝手に来ちゃって……ごめんね」
「いいよ。入って」
「でも……」
「あとは俊二だけだから、気兼ねいらないし」
「じゃあ……お邪魔します」
鷹緒とともにリビングに行くと、沙織は甘い匂いにキッチンを見つめる。
「いい匂い……」
「はいこれ」
そう言って、鷹緒は出来立てのクッキーを沙織の口に入れた。
「美味しい。え、みんなで作ったの? 鷹緒さんも?」
「ああ。人生初クッキー。どう?」
「うん、美味しい。ちゃんと丁寧に作ったって感じ。粉っぽくないし」
「美味しい頂きました!」
「イエーイ!」
広樹と俊二はすでにワインの数杯目に突入しており、陽気な酔っ払いと化している。
「悪い。うるさくて……」
「ううん、楽しい。それに三人の手作りクッキー食べられるなんて嬉しいよ」
「チョコチップと紅茶の二種類あるんだ。両方食べて」
「うん」
いつになく明るい鷹緒に、沙織も喜んでいた。
そして数十分後――。
やりたい放題に盛り上がっている三人を尻目に、沙織はキッチンへと向かう。
「うわあ……」
無事にクッキーは焼けたものの、キッチンは見たくもないほどの惨状で、粉が床にも落ちており、すべての器具が出しっぱなしになっている。
小さく息を吐きながらも、沙織は床を拭き始めた。するとそこに鷹緒がやってくる。
「いいよ、そんなことしなくて」
「でも暇だし。いっぱい焼いたね」
「社員分だからな」
そう言いながら、出しっぱなしの調味料などを手に取り、鷹緒も片付けに参加する。
「見たかったな。鷹緒さんが料理してるとこ」
「おまえ、俺を疑ってる? ちゃんと俺も混ぜたし焼いたよ」
「違うよ。純粋に見たいってだけ」
「まあ……これでクッキーは焼けるようになったかな」
「あはは。普段はあんまり作らないかもね」
「また機会があればな……今日はどうする? あいつら酔ってるし、このまま泊まると思う。おまえも泊まるなら寝室使っていいし、酒飲んじゃったから送れないけど、帰るならタクシー呼ぶよ」
優しい鷹緒に、沙織は笑顔で首を振った。
「突然来たの私だし、このまま帰るよ」
「そう……悪いな、気を遣わせて」
「そんなことないよ。黙って来ちゃったのは失敗だったと思うけど、ヒロさんも俊二さんもいつも通りフレンドリーだし、おかげでクッキー一番乗りで食べれたし。楽しかった」
そう言う沙織に、鷹緒もキッチンの床にしゃがみ込む。カウンターの向こうには広樹と俊二もいるはずで、途端に何かいけないことをしているかのような雰囲気が漂ったが、二人はそこでキスをした。
優しい鷹緒の顔が見えて、沙織は照れるように微笑む。
「なんか……恥ずかしいね」
「じゃあもう一回」
そう言いながら、鷹緒はもう一度沙織にキスをした。
「鷹緒」
その時、遠くから広樹の声がして、鷹緒はしゃがんだまま声のする方向に振り向く。
「うん?」
「ワイン追加!」
「ハイハイ。すぐに持って行くよ」
鷹緒は苦笑しながら沙織の頭を撫でると、目の前にある棚を開けてワインを取り出し、立ち上がる。
「どこにいたんだよ」
「ちょっと床掃除」
「あ、沙織ちゃんは? ごめん、僕らやりっ放しで……」
そんな声を聞いて、沙織は雑巾をたたみながら立ち上がった。
「大丈夫ですよ。あとは洗い物だけだし……それよりクッキーも粗熱取れたと思うんで、そろそろラッピング出来ますよ」
「ラッピング……?」
男たちは三人で顔を見合わせる。
「ヤバッ! ラッピングの袋とか買ってないじゃん」
広樹が慌ててそう言った。
「べつに良くない? コンビニ袋とか紙袋ならいっぱいあるよ」
「そんなの駄目ですよ、鷹緒さん」
鷹緒と俊二がそう言い合っているので、沙織は苦笑しつつも口を開く。
「だったら私、買ってきますよ。スーパーとかまだ開いてるし」
「駄目だよ、だったら僕らが行かなきゃ」
そんな広樹の横で、鷹緒はすでに立ち上がっている。
「じゃあ俺、沙織送りがてら行ってくる」
「え、沙織ちゃん、泊まらないの? 僕らに遠慮することないのに……」
「うるさい。帰って来るまでに、キッチン片付けろよ」
そう言って鷹緒は上着を羽織ると、沙織にもすぐに支度をさせてマンションを出ていった。
「ごめんな……今に始まったことじゃないけど、うるさい連中で」
歩きながらの鷹緒の言葉に、沙織は笑顔で首を振る。
「どうして? 私、本当に嬉しかったよ」
「だったらいいけど……」
二人は深夜も営業している大型スーパーへと入っていく。文具や事務用品も充実しており、ファンシーな袋も置いてあった。
「こんなのしかないね」
「いいんじゃない? 簡単に包装出来そうで」
「ちゃんと綺麗に出来る?」
「大丈夫。特にあいつら凝り性だし」
「私には、ちゃんと鷹緒さんが包んだのちょうだいね」
「いいけど文句は言うなよな」
「あはは。じゃあ言われないように心を込めてね」
「了解」
スーパーから出た鷹緒は、タクシーを探す。
「俺、明日は夕方以降なら事務所にいるから寄って」
「うん。私も明日はイベントだけど、夕方には終わるよ」
「じゃあ待ってるから」
鷹緒は通りがかったタクシーを止めて、沙織を乗せる。
「気を付けて。帰ったらメールして」
「うん。今日はありがとう」
「こちらこそ。おやすみ」
「おやすみなさい」
タクシーで去っていく沙織を見送ると、鷹緒はマンションへと戻っていった。
「おまえら……」
マンションに戻ると、広樹はソファで大いびきをかいて眠っており、俊二は床にワインを零して拭いているところだった。案の定、キッチンも片付いていない。
鷹緒は広樹を叩き起こすと、買って来たばかりのラッピング袋を差し出す。
「ほら、やるぞ」
「眠い……」
「うるせえ。とっととやれ」
こうして、男たちの夜は更けてゆく――。
「ん、案外難しいな、これ……」
翌日、沙織の手に渡った鷹緒のクッキーは、ちょっと歪んだ形に包装された味のあるプレゼントとなっていたのは、言うまでもない。
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音