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FLASH BACK

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「なに、その顔は。重大なミスでもあった……?」
 聞きたくないような何とかしないといけないような、複雑な顔をして、社長は俊二さんを見つめている。
「すみません! 鷹緒さんからの仕事の写真、加工してたんですけど間違えてしまって、元データも誤って消してしまいました!」
「すみません。私のせいなんです!」
 俊二さんと私が同時に言った。
 社長は頭を掻く。
「なんだ。加工に失敗したってことか。バックアップは? メールに残ってないの?」
「それがかなり前に送ってもらったものなんで、サーバー保管の期限もとっくに……」
「まったく抜けてんだから……でもまあ、それなら鷹緒にもう一度送ってもらえばいいだけじゃん。よかった、もっと重大なことかと思った」
 十分に重大なミスだが、確かになんとか出来る問題でもある。
「さっさと電話しちゃえよ。それに初めから加工まで頼んでおけば、あいつならやるだろう」
「でも、こちらの仕事ですしね。向こうも忙しいでしょうし、急に加工まで頼まれたんで」
「しかし、地方ロケとかで遠くに行ってないといいけど……」
 社長はぶつぶつとそう言いながら、棚にあるファイルを取り出し、俊二さんに差し出した。そこには、諸星さんの連絡先が書かれているようだ。
「今、夕方だから……あっちは真夜中だな。おまえかけろよ、俊二。僕はあいつの寝起きで超不機嫌な声なんて聞きたくないから」
「はい。でも、そんなの僕もかけたくないですよ……」
 社長室に戻っていく社長を見つめながら、俊二さんは電話の受話器に手をかける。
 その時、私は意を決して前に出た。
「俊二さん、私にかけさせてください。私が悪いんですもん。私がかけて謝ります」
「……でも万里ちゃん、鷹緒さんとしゃべったことないんじゃないの?」
「そうですけど、社員として、ちゃんと話せばわかってくれると思います」
「それはそうかもしれないけど……じゃあ、お願いしようかな」
 俊二は困ったようにしながらも、私に任せてくれた。久々の電話でありながら、頼み事や失敗を報告しなければならないのは、諸星さんの弟子として嫌だったこともあるのだろう。
 私は初めての国際電話を、マニュアルを見つめながら緊張してかけた。
 数回の電子音の後、別の呼び出し音が鳴る。
『Hello……?』
 少し遠めに、眠そうな男性の声が聞こえた。私は慌てて俊二さんを見つめる。
「俊二さん、英語です、英語!」
「当たり前でしょ。出たなら話して」
「あっ、そっか。えっと……」
『ん……誰? 日本から?』
 こちらの声が聞こえたのか、電話口の声は日本語になっている。
「はいあの、こちらWIZM企画プロダクション企画課の、君島万里と申します。諸星鷹緒さん……で、いらっしゃいますか?」
『そうだけど……何? 今こっちが何時だかわかってる?』
「は、はい。夜分遅くにすみません。はじめまして」
『夜分じゃねえよ。もう朝、四時。ったく、さっき寝たばっかなのに……』
 初めて話す諸星さんは、明らかに不機嫌だ。
 誰だってこんな時間に起こされたらそうかもしれないが、社長や俊二さんが電話を掛けたくない気持もわかるくらい、その声はとっつきにくい。でも、ここで負けるわけにはいかない。
「本当に申し訳ありません。しかもこんな時間から恐縮ですが、大至急、お願いしたいことがありまして……」
『……何?』
 相手も悪い予感がしているのか、身構えているようにも聞こえる。
 私は怒られるのを承知で、思い切って口を開いた。
「すみません! 先日送っていただいた写真、誤って私が上書きしてしまいました!」
 瞬間、沈黙が走った。
『……あっそう。で、じゃあもう一度送ればいいの?』
 思いのほか、諸星さんの声は先程より穏やかになっていた。むしろ優しい印象を受ける。
「はい。あの、本当にすみません……」
『いいよ。なんだ、もっと重大な事でも起きたのかと思った』
 先程の社長の言葉に、重なるような気がした。
「すみません……」
『もういいから。それより、そこに社長か俊二、いる?』
「はい、います。俊二さんが。社長も、呼べば社長室に……」
『じゃあ、とりあえず俊二でいいや。代わって』
「わかりました」
 受話器を差し出す私に、俊二さんは少し緊張したように、電話を代わった。
「はい、代わりました。俊二です」
『俊二……おまえの仕事だろうが!』
 いの一番、諸星さんの怒鳴り声が聞こえた。ざわついている社内で普段から大音量に設定されている電話ということもあり、それは私にもはっきりと聞こえ、電話口だというのに事務所内に響くような声だった。
「す、すみません。本当すみません!」
 俊二さんは謝ることしか出来ないようだ。
 私にとっては先輩である俊二さんが頭が上がらない様子を見て、諸星さんという人の偉大さのようなものを肌で感じる。
『ったく、新人に電話かけさせんなよ。そんなに俺が怖いのか?』
 頭が起きてきたのか、諸星さんは落ち着いたように、だが淡々と話し出している。
「怖いですよ……ミスしたなんて知られたくなかったですし……でも、電話は万里ちゃんが自分から言い出したことで、無理やりじゃないっすよ」
『一緒だよ。先輩なら、おまえが責任をもって連絡しろ』
「はい、すみません……」
『この間のデータって、フォト雑誌のやつ? それとも……』
「そうです、それです。すみません。ずいぶん前に送っていただいたのに……急にレイアウト加工まで頼まれたんですが、忙しい時期なんでギリギリになってしまって……」
『それはいいけどさ、べつに加工は苦じゃないから、今度そういうのあったら先に言って。そこまでやってから送るよ』
 俊二さんは、真似出来ないタフさに苦笑している。
「ありがとうございます。でもあんまり無理しないでくださいよ。最近、鷹緒さん目当てに、日本からも写真集撮影とかのオファーがいってるそうじゃないですか」
『ああ。この間も、新人グラビア衆がわざわざ来たよ。まあ最近、どこへ行っても変わり映えしないな』
「そうかもしれませんね」
『ああ、今送ったよ。確認して』
「え、もうですか? ありがとうございます」
 俊二さんは慌ててメールを開いた。すると、すでに諸星さんからのメールが届いている。
 私もその仕事の素早さと、どうにかなったという気持ちで、ほっとした。
『もうって、おまえが起こしたんだろ? ったく、このまま寝たら昼まで起きなくなっちゃうじゃん』
「すみません。明日はお休み……じゃないですよね?」
『んな訳ないだろ。朝から撮影……しょうがないからこのまま起きてる。早く起こしてくれて感謝するよ』
 皮肉も交じっていたが、諸星さんの言葉は嫌味に聞こえない。
「本当にすみません。ファイルも無事に開けます。ありがとうございました」
『もういいよ。じゃあ……』
『Takao? Were there any troubles?』
 その時、電話の向こうで女性の声が聞こえた。
『ああ……That’s nothing serious……じゃあな。しっかりやれよ。あ、電話かけて来た新人の子にも、大丈夫だからって言っておけよ』
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音