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22. 仲直り



 ひなまつり翌日の朝。鷹緒が出勤すると、すかさず理恵が駆け寄り、誰もいない喫煙室へと鷹緒を連れていった。その顔は真剣だが、舐めるように鷹緒の服装を見つめる。
「なんだよ?」
「おはよう……昨日と同じ服装ってことは、大丈夫そう?」
 理恵の言葉に、鷹緒は苦笑した。
 昨日、鷹緒と理恵が一緒にいるところを沙織に見られ、怒らせてしまったことで気にしていた理恵だが、鷹緒が昨日と同じ服装ということに、無事に和解出来たと悟る。事実、鷹緒は昨日、沙織の部屋に泊まってそのままここに来ていた。
「女って翌日の服装で悟んのか。こえーな」
 そう言いながら、鷹緒は喫煙室ということを幸いに、煙草に火を点ける。
「で、どうなの? 私からもちゃんと言おうか?」
「大丈夫だから気にすんなよ……って、最大の原因はおまえなんだからな? ちょっとは自重しろよ」
「あ、すぐ人のせいにする。鷹緒が私に優しくするからでしょ」
「ああ、もうおまえが目の前でコケたって、手なんか差し伸べねえよ。ったく、元はと言えば、おまえが俺に無防備すぎるからだろ」
「なによそれ。それはしょうがないでしょ。同じ職場なのにギクシャクするの嫌だから、こっちだって気を使ってそういう態度してんのに……」
「あーあ……もう結婚してたこと、全部みんなにぶちまけちゃおうかな……」
 溜息を漏らしながらそう呟いた鷹緒に、理恵は目を丸くする。
「もしかして……相当追い込まれてる?」
 結婚前から離婚後にかけて、一度だって言わなかった台詞に、理恵も苦笑した。
「いや、それは冗談だけど……おまえは過去も全部清算してなかったことに出来てるかもしれないけど……俺はそんなの無理だし」
「そんなこと、私だって無理だけど……」
 急にしんみりした空気に、鷹緒は早々に煙草の火を消して灰皿に落とした。
「おまえさ……本当にあいつとうまくやってんの?」
「え?」
「あいつが帰ってきて結構経つじゃん。帰って早々に同棲するって聞いてたのに、まだそんな雰囲気もないみたいだし……俺、アメリカに二年半もいたんだぞ? それなのに進展してないってなんだよ」
 珍しく一歩踏み込んだ質問に、理恵は口をつぐむ。
「進展してないわけじゃないわ。その間にも、いろいろあったのよ……」
「わかるよ。恵美もいるんだし、一人じゃ決められないことも。でも今の恵美の悩みは、おまえが豪と家族ぐるみの付き合いしてないからじゃねえの? いつまでも恋人気分だけでいられねえだろ」
「うるっさいなー。鷹緒に関係ないでしょ」
「そう言うんなら、フラフラ見えるようなことすんなよ」
「してないもん。鷹緒は私が身を固めれば、沙織ちゃんに余計な不安抱かせないからいいとか思って言ってるだけでしょ」
「それだけで言ってるわけねえだろ」
 喫煙室に二人の声が響く。出勤時間のため、エレベーターホールから会社へ向かう社員の姿が見えて、二人は溜息をついた。声までは聞こえないだろうが、喫煙室に二人きりという珍しい組み合わせを見れば、事情を知らない社員たちには不思議に映ることだろう。
 大きく息を吐いて、鷹緒は口を開いた。
「まあとにかく……これからはおまえと二人きりにならないようにするよ。豪だって良く思わないだろうし」
「……そうね。じゃあこれ、私からお詫び」
 理恵は一枚のメモを鷹緒に差し出した。そこにはレストランと思しき店の名前と連絡先が書かれている。
「なにこれ?」
「昨日の撮影の報酬は、フランス料理フルコースでしょ? 沙織ちゃんと一緒に行ってきなさいよ。鷹緒が休みだっていう日に一応予約しておいたけど、駄目ならいつでも日程調整するから」
 そう言われて、鷹緒はメモを差し返した。
「いいよ」
「でも私もお詫びしたいし、昨日の撮影のお礼だって……」
「だからってまたおまえの名前出したら、あいつだって嫌だろう。俺は俺で連れて行くから、その店は豪とでも行けよ」
「鷹緒……」
「じゃあまあ、そういうことで……今回のことは気にすんな。おまえが出てくると、またややこしくなる」
 鷹緒はそのまま喫煙室を出ていった。
 残された理恵は、鷹緒の心が完全に別に向いたことが、少し寂しくも微笑ましくも思えて、苦笑した。

「おはようございます、鷹緒さん」
 出勤した鷹緒に、俊二が言う。俊二は鷹緒の隣の席で、パソコンに向かって写真の修正をかけているようだ。
「おはよう……」
「だいぶお疲れのようですね?」
「ああ。いろんな意味で、プライベートが充実しすぎて」
「ハハハハ。ノロケですか?」
「それだけならいいんだけどな」
 そう言いながら、鷹緒も目の前のパソコンを見つめる。撮影もあれば、デスクワークもある。今日は撮影がないので一日オフィスにいることになりそうだ。

 しかし午後になる頃には、鷹緒は自分が抱えるすべての業務をこなしていた。
「ヒロー。なんか仕事ない?」
 社長室に顔を出した鷹緒に、広樹は目を丸くする。
「なに。まさかおまえ、暇なの?」
「なんだよ、その顔。なけりゃ牧とかに聞いてみるけど」
 広樹の態度に口を曲げて、鷹緒はそう言った。
「仕事ならあるけどさ……珍しいな」
「月末に詰めてたおかげ」
「じゃあ、通った企画書まとめてスケジュール組んでくれよ。担当人事はこれ」
「了解。じゃあ喫煙室で仕事するわ」
 ノートパソコンを持って、鷹緒は喫煙室へと向かっていく。企画部もモデル部もほとんどが出払っており、受付の牧が広樹と同じように目を丸くした。
「鷹緒さん、もしかして暇なんですか?」
「ヒロと同じ反応すんなよ……外の仕事失ったら、俺はここではやっていけねえな……」
 同じような態度にうんざりして、鷹緒は喫煙室へと入っていく。パソコン仕事はここでやることが多いが、昼間の喫煙室は時間によっては別階にある別会社の人間も来るため、あまり自由はきかない。
「あれ、諸星さん。昼間にいるなんて珍しいですね」
 別会社の顔見知りの言葉にも、鷹緒は苦笑した。
「まったく、みんなにそう言われるんですが、そうですかね?」
「そうですよ。しかし相変わらず、一服中もお仕事ですか」
「まあこればっかりは、吸わない人間以上に働かないと、後ろ指刺されますからね」
「あはは。それは痛いなあ。それを言われちゃ、こっちも早く戻らないと」
「気にしないでください。俺は単なる病気なんで」
 そのまま仕事を続ける鷹緒は、入れ代わり立ち代わる喫煙者と会話をしつつ、やがて一人きりになってふと外を見た。外はすでに薄暗くなっており、いつの間に仕事に没頭していたのだと、ラストスパートでその手のスピードを早める。
 しばらくして鷹緒は携帯電話を見つめると、沙織にメールを打った。いつも連絡は自分からばかりだと、以前に沙織が拗ねていたのを思い出し、早めに送ろうと思ったのだ。

 沙織はちょうど撮影の休憩中で、携帯電話を開いた瞬間だった。
“おつかれさま。今日は定時で帰れそうだけど、そっちは何時頃終わりそう? 終わったら連絡ください”
 相変わらず用件だけのメールだが、沙織は嬉しそうに笑う。
 夕方、撮影を終えた沙織は、鷹緒に電話をかけた。
『はい』
「鷹緒さん? 沙織ですけど……今、大丈夫?」
『ああ、そっち終わった?』
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音