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FLASH BACK

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「うん。今、駅に向かって歩いてる最中……あっ……」
 その時、沙織は横断歩道を渡り切ったところで、思いがけない段差に転んでしまった。
『どうした?』
「いったーい……ああ!」
 電話そっちのけで、沙織は一人恥ずかしさに身を起こす。転んだ拍子にミュールのヒールが取れてしまい、不恰好な姿を晒してしまっている。
『沙織。大丈夫か?』
「大丈夫じゃない……転んじゃった……」
 恥ずかしさに顔を赤らめ、沙織は俯いて歩道の脇に立ち止まった。
『どうした? 怪我したのか?』
 鷹緒は状況を把握しようと尋ねながら、パソコンの電源を切り、すぐに会社を出る準備を始める。
「ちょっと血が出てるけど大丈夫……でも、ヒール取れちゃって恥ずかしいよ……」
 大した怪我ではないようだと少し安堵し、鷹緒は軽く息を吐く。
『恥ずかしさはともかく、大丈夫なんだな?』
「大丈夫だけど、どっかで靴買わないと歩けないや……」
『わかった。今どこ?』
「事務所から遠いよ?」
『車で迎えに行くから、なんとか歩いてどっか入って待ってろ』
 頼もしい鷹緒の一言に、沙織は泣きそうになるのを堪えて頷いた。
「うん……」

 それから数十分後。とある駅前公園のベンチで、沙織は鷹緒を待っていた。
「遅いな……」
 とはいえ会社からでは車でもすぐに来られる距離ではない。どこかの店に入ろうとも思ったのだが、ミュールの片方が完全に壊れてしまい、撮影の疲れもあって、もう歩ける状態ではなかった。
「ずっといるの見てたけど、待ち合わせ?」
 その時、沙織に声を掛ける二人組の男がやってきて、沙織は帽子を目深に被って身を縮めた。
「……はい」
「めっちゃ可愛いじゃん。なんで隠すのさ」
「あの……もう少しで来るので……」
 そう言う沙織の目に、鷹緒が映る。
「遅くなってごめん」
 鷹緒の言葉に、男たちは去っていった。鷹緒は沙織の顔を覗き込み、その頭を撫でる。
「ベタに絡まれてたな。大丈夫か?」
「遅いよ……」
「ごめん。これでも急いで来たんだけど……とりあえず、これ履いて」
 鷹緒が差し出したのは、女性物のサンダルである。屋内履きのようで、あまり外では見かけないデザインだ。
「どうしたの? これ」
「ああ……牧のオフィス用サンダル借りてきた。恥ずかしいだろうけど、車すぐそこだから我慢しろよ」
「うん……」
 やっと鷹緒に会えた安堵で、沙織は微笑んだ。鷹緒は壊れたミュールを持って、逆の手で沙織の手を取る。
「ああもう、こんな冷えちゃって……」
 少し苛立つようにしながら、鷹緒は冷えた沙織の手を自分のコートのポケットに入れた。それがなんとも嬉しくて、沙織は鷹緒にくっついて歩き始める。
 鷹緒は大通りに停車した車の助手席のドアを、沙織のために開けた。初めてといっていいくらい紳士的な行為を受け、沙織は照れながら車に乗り込む。当の鷹緒は特に気に留めた様子もなく、そのまましゃがみ込んだ。
「まったく。俺は今年、女物の靴に祟られてんのかな……」
 ぶつぶつと呟きながら、鷹緒は沙織の足に触れる。昨日も同じようなことを理恵にしたと思うと、よくあることではない出来事に、そう思わずにはいられなかった。
「やだ、恥ずかしいよ……」
「じゃあ自分で貼る?」
 事務所から箱ごと持ってきたと思われる絆創膏を見せて、鷹緒が言う。理恵は貼ってもらったことを思い出し、沙織は意地を張るのはやめようと思い直して首を振った。
「お願いします……」
「ハハ。足って貼りづらいよな」
 靴擦れはしてなかったものの、転んだ拍子に擦りむいた膝や足の指に触れて、鷹緒は絆創膏を貼ってやる。
「痛い?」
「うん……」
「帰ってちゃんと手当しよう」
 そう言うと、鷹緒は運転席へと乗り込み、沙織を連れて自分のマンションへと帰っていった。

 鷹緒のマンションで、沙織は何もするなという感じで過保護なまでにソファに座らされると、救急箱を持ってきた鷹緒に足を触られる。二人きりでも恥ずかしかった。
「ふ、太いから、あんまりさわらないで」
 そう言った沙織に、鷹緒は苦笑する。
「気にするほどのもんじゃねえだろ……やっぱ挫いてるな。ここ腫れてる」
 足首に湿布を貼り、擦り傷に新たな絆創膏で処置をしてやると、鷹緒は沙織に微笑んだ。
「とりあえずこれで大丈夫?」
 いつになく優しく見える鷹緒を見て、沙織は顔を赤らめる。
「なんか鷹緒さん……手慣れてる感じ」
「はあ?」
「そりゃあそうだよね。モテる上に結婚までしてたんだし、女性の扱いには慣れてるよね」
 悪気もなくしみじみと言った沙織の頭を、鷹緒は軽くチョップした。
「あのなあ。それはおまえの誤解。こっちだって必死なんだよ。血まで流してんだから心配するだろ、そりゃあ」
「でも、理恵さんにだって同じことしたじゃない」
「それはあいつが……はあ、もういいや」
 突然怒った様子の鷹緒に怯え、沙織は俯く。
「ごめんなさい。手当てしてくれてありがとう……」
「この……」
 鷹緒は軽いヘッドロックの形で沙織の首に手を絡めると、そのまま沙織を後ろから抱きしめた。
「超心配したんだからな。おまえに何かあったんだと思って……ナンパまでされてるし、危なっかしくてしょうがない」
 後ろから抱きしめられながら、沙織は横目で鷹緒の顔を見上げる。
「心配かけてごめんね」
「無事だったからいいよ」
 鷹緒の自然な言葉も、沙織にとっては甘く囁かれているように聞こえて、沙織は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「おまえ、明日は休みだったよな? 予定は?」
「うん。特にないけど、部屋の片付けでもしようかと思ってる」
「俺、明日休み取れたんだけど……」
「嘘!」
 思いがけない鷹緒の言葉に、沙織は思わず鷹緒から離れて振り向いた。
「本当。とりあえず急ぎの仕事はやっておいたし、今日は別の仕事までやって点数稼いでおいたし、駄目元で言ってみたら通った」
「嬉しい! じゃあ、一日一緒にいられるね?」
「うん。明日はおまえだけの日な?」
「最高の仲直りのプレゼントだよ」
 思わずそう言った沙織に、鷹緒も顔を綻ばせる。簡単なことで沙織の笑顔を取り戻せるということに気付きもし、そんな純粋な沙織を改めて愛しいとも思った。
 今度は正面から沙織を抱きしめて、鷹緒はその顔を見つめる。
「ックシュン!」
 すると突然、沙織が俯いてクシャミをした。鷹緒はすかさず沙織の額に触れる。そこは微妙に熱っぽい。
「……風邪だな」
「違うよ!」
「長いこと外で待ってるからだよ。もう寝ろ。なんか食い物買ってくるから」
「そんな……せっかく一緒にいられると思ったのに……」
 残念そうに俯く沙織の頭を、鷹緒は優しく撫でた。
「風邪でも一緒にいられるし、治るならどっか出掛ければいいだろ」
「でも……鷹緒さんに風邪移すのやだ」
「大丈夫だよ」
 優しい鷹緒が心地よくて、沙織はその胸に身体を預けていた。



作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音