FLASH BACK
「仕事の面では心配いりませんよ。担ぎ上げられた副社長でもないんです。実力がないなら、それこそ同じ職場になんていられませんよ」
「ははは。それを聞いて安心したよ」
「でも、よかったですね。和解出来たようで……お義母さんのことは心配ですけど、いいきっかけになったようで」
「そうだね……でも家内のことは心配いらないよ。恥ずかしいから君には言わないでと言われたんだが、腰が悪いだけなんでね……今日も動けないというから、一人で出てきてしまったんだ」
「そうなんですか。大事でないならよかったです」
久しぶりのことで緊張しつつも、会話は続いた。鷹緒もお茶を飲みながら、かつての義父に耳を傾ける。
「君は家内とも、よく会ってたんだろう?」
「言うほどではないですけど……こちらに出て来られた時はご連絡頂いたんで、何度かお茶を飲んだりはしてましたよ」
同じような理由で理恵の母親とも会っていた鷹緒は、似た者夫婦の行動に微笑んだ。
その時、奥の扉が開いたので、鷹緒は気付いて顔を上げる。すると理恵と恵美が立っているが、恵美は着物を羽織ったまま、帯さえ締めていない。
「ごめん、鷹緒……着物の着せ方が微妙なんだけど……」
「しょうがねえな……」
理恵の言葉に立ち上がり、鷹緒は恵美の着物を直してやる。
「知ってる? モテる男は、女の子に着物着せられるんだって」
からかう理恵に、鷹緒は苦笑した。
「ハイハイ、どうせ俺はモテますよ……ったく、馬鹿言ってんな。恵美、苦しくない?」
「大丈夫。帯、リボンにしてね」
「OK」
嬉しそうな恵美に、鷹緒も自然と笑みが零れる。
やがて恵美に着物を着せ終わると、鷹緒はカメラのファインダーを覗いた。
「じゃあ、まずは恵美だけ撮るよ。真ん中に立って」
「はーい」
撮影慣れしている恵美は、ファッション雑誌の撮影の如くポーズを撮り始める。
「おお、すげえ。このまま表紙飾れるよ」
お世辞でなく本音でそう言いながら、鷹緒も嬉しそうにシャッターを切った。血が繋がらないとはいえ、自分の中で恵美はいつまでも本当の娘のような気がしている。
やがて理恵の父親も交えての二人の撮影が始まった。照れながらも孫と一緒で嬉しそうな父親に、理恵は不思議な気持ちで微笑む。十代の頃に家を飛び出して以来、ほとんど会わない父親だが、改めて会えば自然に接せられる自分にも、こうして孫に笑みを零すような前より柔らかくなった父親にも驚きを隠せない。
「理恵。おまえも入れよ」
思い出に浸っていた理恵は、鷹緒の言葉にはっとした。
「え?」
「せっかくだろ」
「うん、ママも入って」
恵美にもそう呼ばれ、理恵もカメラの前に立つ。
それを見て、何の気なしに撮影していた鷹緒は一瞬、胸のざわつきを感じた。理恵を写真に撮ることなど、もうないと思っていたからである。鷹緒はそっと微笑んで、ファインダーを覗いた。
「理恵。もうちょっとお父さんに寄って。恵美はもう半歩前」
鷹緒の指示で、親子三代の三角形が出来る。それはどこから見ても、微笑ましい家族写真に違いない。
やがて撮影を終え、着替えるために奥の部屋へ消えた理恵と恵美に、先程のように鷹緒と理恵の父親だけがスタジオに残った。
「お疲れ様です」
鷹緒はそう言って、かつての義父にコーヒーを差し出すと、機材を片付け始める。
「ありがとう。楽しかったよ」
義父の言葉に、鷹緒は微笑んだ。
「それはよかったです。またいつでも撮りますので、今度はお義母さんもご一緒に」
「ありがとう……今更だけど、初対面の時は悪かったね。まったく話を聞こうともしないで」
「いつの話ですか。それに俺も一応、人の親なので、お義父さんの気持ちがわかるんで……」
「……もうあいつと、よりを戻す気はないのかい?」
それを聞いて、鷹緒は苦笑する。
「ハハ……残念ながら、俺はもうすでにフラれてるんで」
「……聞いたよ。恵美の父親が帰って来たって……僕はどうせなら、君のほうがよかったな」
「きっと俺らがまだうまくいってたら、お義父さんはそんなこと言ってないと思いますよ。父親っていうのはそんなもんだと思ってます。俺、恵美が誰を連れてきても文句言いそうです」
「そうか。そうかもしれないね……」
「でもあいつ……恵美の父親もいいやつなんで、大丈夫ですよ。俺よりうまくいくと思います」
義父を安心させるつもりもあったが、そうあって欲しいという願いも込めて鷹緒が言った。そんな気持ちを悟って、理恵の父親も微笑みながら頷いた。
一方、沙織は自分の仕事を終えて、駅前の喫茶店に入った。仕事終わりのメールはしてみたが、鷹緒からの返事はまだなく、今日は会えないかと思う。それでももう少しもう少しと思ってしまい、連絡が来るまで待っていたかった。
「選択肢、その一……電話してみる。その二、事務所で待ってみる。その三、スタジオに押しかけてみる。その四、鷹緒さんちに勝手に上がって待つ。その五、今日は会えないと踏んで自分の家に帰る……」
携帯電話をいじりながら、沙織は小声でそう呟いた。選択肢はたくさんあるが、どれも沙織にとって勇気のいることばかり。連絡がないのはまだ仕事中だということがわかっているため、迂闊に動けない自分がいる。
「そうだ。ちょっとスタジオ覗いてみようかな……誰か居そうなら戻ればいいんだもんね」
そう決めて、沙織は喫茶店を出ていった。しかし突然行って人に会っては鷹緒の立場がないため、出来るだけ時間を潰してみようと、コンビニに入って差し入れを買ったりもする。しかしその間にも、鷹緒からの連絡はない。
「もう。本当に行っちゃうよ……?」
携帯電話をしまって、沙織は待ちきれない思いで地下スタジオへと向かっていった。
「ここへ来る時、気になる店があったんで行ってみたいんだ」
スタジオを出た一同に、理恵の父親が言った。家は都下で割と近いのだが、ここまで出てくることはあまりないので、まだ居たいようである。
鷹緒は夕飯の誘いを断ったものの、義父に断りきれずにご馳走になることにしていた。
「角の店ですよね? すぐ行きますんで、恵美と先に行ってください」
そう言った鷹緒に深くは聞かず、理恵の父親は恵美と先に歩き出す。そんな横で、理恵は鷹緒に首を傾げた。
「何か私に話があるの? あ、嫌なら帰っちゃっていいよ?」
「そうじゃなくて……」
すると突然、鷹緒は理恵の横にしゃがみ込んだ。
「肩つかまって。片足上げろよ」
「あ……バレちゃってた?」
「ったく、こんな高いヒール履くからそうなるんだよ」
「ごめん……おかしいなあ。昨日今日で履き慣れるはずだったんだけど……」
苦笑する理恵は、言われるままにしゃがみ込んだ鷹緒の肩に手を置き、片足を軽く上げる。鷹緒は理恵のハイヒールを脱がせると、理恵の足からは靴擦れで血が出ており、ストッキングに滲んでいるのがわかる。
「痛そ……」
顔を顰めながら、鷹緒は地下スタジオから持ってきた絆創膏を貼ってやった。
「ストッキングの上からで大丈夫か?」
「うん、ありがとう。さすがに痛くなってきてたんだ」
「靴貸そうか? サンダルとか地下スタにあるよ。階段でも派手に挫いてただろ」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音