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2. 新入社員恋物語



 私の名前は、君島万里(きみじままり)。栃木県出身、二十二歳。専門学校で商業デザイン科を卒業しアルバイトを経て、今年の春からWIZM(ウィズム)企画プロダクションに勤めている。勤め出してまだ半年。
 モデルやタレントを預かる華やかなタレント事務所の傍ら、会社自らも企画・撮影を手掛けているこの会社では、暇な時期というものがまったくない。それでも私は、この仕事にやりがいを感じている。
「万里ちゃん、コピーお願い。こっちは社長にチェックしてもらって」
 そう言ったのは、牧美里(まきみさと)先輩。若いけれど事務所のベテランで、受付事務をこなしながら、事務所を動かしている。尊敬する先輩の一人だ。
「はい!」
 いい返事をして、私は素早くコピーを取り、社長室へ向かった。
「失礼します」
 そう言って社長室に入ると、奥で木村広樹(きむらひろき)社長が書類に向かっていた。社長といっても、まだ三十代前半の若社長である。
「ああ、万里ちゃん」
 気さくに笑って社長が迎えた。
 社長は明るく優しい雰囲気を作り出してくれる人で、この事務所の居心地がいい理由のひとつは、間違いなく社長の人柄が良いせいだと感じている。
「チェックお願いします」
「はいはい、持ってきて」
 そう言う社長は、苦笑しながら溜息をつく。
 それもそのはず、社長の目の前には、チェックすべき書類が山のように重ねられていた。
「見てよ、この山。月末はいつも大変だよ」
 社長の言葉に、私も苦笑した。
「お疲れ様です」
「ありがとう。鷹緒がいれば、もう少し楽させてもらえるんだけどねえ……」
 諸星鷹緒(もろぼしたかお)――。入社して半年、その名前を聞かなかった日は多分ない。
 その人は、この事務所の企画部に勤務し、人気のあるカメラマンだと聞いている。更に女子にも人気で格好が良く、仕事が出来、鬼のように厳しく、今は二年間の契約でアメリカへ出張扱いという形で仕事をしているらしいが、私はその人の顔や作品を見たことがなく、大きくなった噂だということを理解していた。
「そっちはどう? もう仕事は慣れたかな?」
 続けて社長が言った。
 私にとっては膨らんだ噂だけの男性より、目の前の社長のほうに興味がある。社長は持ち前の格好良さに加え、優しく微笑むその顔にはいつも癒される。
 私は少し赤くなって頷いた。
「はい。毎日ついていくのが精一杯ですけど……ミスしないように頑張ります!」
「いい心意気。よし頑張ろう!」
「はい!」
 そう言って、私は社長室を出て行った。
「俊二! おまえ、鷹緒さんからのメール見てんの?」
 そんな声を聞きながら、私は奥にある企画部を見つめた。月末の企画部はあまりの忙しさで、戦闘状態の社員が切羽詰まった様子である。
「見てます。見てますけど……」
 恐縮するように言い訳をしているのは、企画部の先輩である、木田俊二(きだしゅんじ)さん。私はこの人から仕事を学んでいる。俊二さんはカメラマンでもあるため、覚えることはたくさんあった。
「でも編集してないじゃん。このまま使うわけ?」
「相手は鷹緒さんですから、向こうでレタッチしてくれてますよ」
「そういう話をしてんじゃないって。こっちの雑誌社に回す写真だろ。レイアウトのプランまでこっちで加工する約束じゃないのかよ」
「すみません。わかってたんですが時間がなくて……すぐやります!」
 カメラマンとしては一人前の俊二さんも、企画部では下っ端扱いである。すぐやると言っても、今は目の前の仕事だけで手一杯なことを、私ですらも知っている。
「ごめん、万里ちゃん! ちょっと来て……」
 私は呼ばれる予感を感じていたため、苦笑して俊二さんの元へ行った。
「聞いてただろうけど、ごめん、手伝って……」
 泣きの入った俊二さんだが、私は目の前のパソコンに広がる写真を見て息を呑んだ。
「すごい、綺麗……」
 大きな空と綺麗な海が一面に広がった、海外と見られる写真だ。
 噂の諸星さんから、メールなどで送られてきたものである。アメリカで仕事をしている彼だが、日本国内からも発注が続き、海外でも出来る写真ならと引き受けているらしい。
 最近では、こうしてこちらの事務所で加工して、編集社へ回して雑誌になることも増えているほか、アーティストやモデルなど、わざわざ彼を指名して、海外まで撮影に行くことも増えているという。
 そんな諸星さんという人は、私の中でも単に膨れ上がった噂だけではないと思っていたが、作品を見るのは初めてだった。
「鷹緒さんの写真だからね」
「私、初めて見ました。諸星鷹緒さんの作品」
「ええ? そんなことないでしょ。会議室に飾られてる写真とか、ホームページの写真とか、みんな鷹緒さんだよ」
「そうなんですか? あ、あのカレンダーみたいに綺麗な写真……そうですよね、こんな写真撮れる人ですもんね。全然知らなかったです」
 俊二さんは苦笑しながらも、立ち上がる。
「このパソコン使っていいから、このプラン通りに加工してくれる?」
 そう言って、俊二さんは雑誌のレイアウト表を机に置いた。サイズが書かれ、楕円形やひし形などに加工しなくてはならないらしい。比較的簡単な作業だ。
「わかりました。この通りにやればいいんですね」
「うん。ごめんね、僕の仕事なのに……明日締切が、あと二つも残っててさ」
「大丈夫です。私は暇ですので」
「じゃあ頼むよ」
 逆に私のデスクに座り、別の仕事を始める俊二さんに頷き、私はパソコン画面に食いついた。
 ほれぼれするくらいの写真だが、今は浸っている暇はない。デザイン学校に通っていたため、写真のレタッチなども慣れているが、実践でやるのはまだ日が浅いので緊張する。
 慣れていれば三十分程で出来る作業だが、私は一時間以上を掛けて、ようやく加工をし終わった。
「俊二さん、出来ました!」
「ありがとう。急にごめんね」
「いえ。やりがいあるので嬉しいです」
「あれ? ねえ……保存した?」
 私の仕事成果をチェックしていた俊二さんが、青い顔をして言う。
「もちろんしましたよ」
「……上書き保存だよね?」
「はい。何か……違いました?」
 溜息をつく俊二さんに、私も青くなる。
「万里ちゃん、違うよ……海の写真が丸で、人物写真がこっちの四角でしょう?」
「え? ああ!」
 初歩的なミスだった。プラン通りにはやっていたのだが、加工する写真が逆だったのだ。
「ど、どうしましょう!」
「やり直し、だけど……上書き保存でしょう? ヤバイな。サーバーの保管期間も過ぎてるし、元の写真、バックアップ取ってたっけ……」
 それは俊二さんのミスでもあったが、私は申し訳なさに肩をすぼめる。
「ごめんなさい……」
「いや。元はと言えば僕の仕事だから……」
「でも私がちゃんと出来ていれば済む問題で……仕事増やしてしまったなんて!」
「いいってば。でも、参ったな……」
 そう言う俊二さんも青くなり、がっかりした様子だ。
「やっぱりバックアップ取ってない。どうしよう……」
「ど、どうしましょう……」
「何を二人で青い顔してんの?」
 その時、社長室から社長が出てきて、そう声をかけてきた。
「あ、社長……」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音