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18. つながる心



 バレンタインデーの翌日。鷹緒は出勤するなり、自分の机を見て声を失った。そこには書類の束が積み上げられるように置かれている。見るとファックスで届いたものが多く、どれも企画書のようだ。
「あ、おはようございます、鷹緒さん。ごめんなさい。朝届いたものもあるんですが、昨日渡すの忘れてて……」
 そう言ったのは牧である。
「ああ、わかった」
 出所がはっきりして頷くと、鷹緒は企画発案者の名前を見て微笑んだ。“チョコくれるくらいなら仕事ちょうだい”と、冗談で言った、仲の良い取引先の女性陣からの嬉しい企画書ということがわかる。
「今度の企画会議は大変だな……」
 そう呟いて、鷹緒は礼の電話を発案者たちに入れた。
 すると途中で企画部長の彰良が出勤してきたので、電話を終えるなり鷹緒が声をかける。
「おはようございます」
「おはよう。早いな、鷹緒」
「朝一番の入稿があったんで。それより近いうち緊急企画会議、開けません?」
「いいけど、なんだよ」
「ラブレター」
 企画書を広げて見せる鷹緒から、彰良はそれを覗いた。
「へえ。これまた幅広い企画案だな」
「バレンタインのチョコ代わりなんで、一気に来ちゃって」
「へえ。それは頭いいやり方かもなあ。嬉しい悲鳴ってやつ? じゃあ明日……いや、今日やっちゃおうか」
「いいんですか?」
「明日から出張のやつらいるし、今日のがいいんじゃない?」
「じゃあ企画部にメール入れておきます」
「ああ。急だし、無理して全員集めなくていいからな」
「了解。じゃあ俺、みんなに連絡入れて、今日は一日地下スタにいますんで」
「はいよ」
 そんな会話があって、その日の夜は企画部の緊急会議が行われることとなった。

「ええ? 今日は私の家で鍋パーティーやるって約束したのに……」
 地下スタジオで編集作業をしている鷹緒に、休憩の合間にやってきた沙織がそう言った。
「行けないわけじゃねえよ。遅くなるとは思うけど……」
「遅くなるなら鍋パーティーなんて出来ないじゃん」
「悪い。もうすぐ年度末で忙しい時期でもあるし、今後もちょっと立て込むと思う」
 そう言う鷹緒は、パソコン画面から一度も目を逸らすことがない。会話はしてくれているものの、沙織は口を曲げてソファに座り、鷹緒の後姿を見つめる。
「忙しい時期なんて……ずっとそうじゃない。年末だから、正月だから、イベントあるから、年度末だからって……」
「しょうがないだろ。仕事なんだから……おまえだって同じくらい忙しいじゃん。イベントに学校に、春からテレビのレギュラーも決まったんだろ」
「準レギュラーね」
 沙織の仕事は、主に雑誌やファッションショーでのモデルとしての仕事が多いが、以前からテレビコマーシャルなどに起用されていることもあり、メディアへの露出も年々多くなってきている。春からは麻衣子たちとともに、週末の情報番組で準レギュラーを務めることになっていた。
「その準レギュラーをこなすための勉強もするんだろ? 小説読んだり映画見たり……」
「だから、これから余計に会えなくなるかもしれないのに……」
 その時、地下スタジオの固定電話が鳴った。ファックスを送るために鷹緒が入れたもので、ほとんどかかっては来ないが、鷹緒がここにいるとわかっている時は直通でかかってくることもある。
「はい、諸星です」
 話の内容から推測すると雑誌社のようだが、沙織は溜息をついて床を見つめた。鷹緒に文句を言いたいわけでもなければ、仕事ということはわかっているのだが、自分が何に腹を立ててどうしたら鷹緒を許せるのかさえわからない。
 その時、電話を終えた鷹緒がパソコンの電源を切って立ち上がった。それにつられるように、慌てて沙織も立ち上がる。
「……出かけるの?」
「ああ、ちょっと急な打ち合わせ入った。すぐ終わるとは思うけど、俺はそのまま事務所戻るよ。おまえもそろそろ仕事だろ。ここ閉めるから、もう出るぞ」
 忙しない鷹緒の様子に、沙織は不満げに俯く。急な打ち合わせを入れられる時間があるならば、もっと一緒にいてくれてもいいと思うのだが、それを口には出来ない。
 そんな沙織の不満に気付きながらも、待ってはくれない仕事に追われ、鷹緒はどうすることも出来ずに溜息をついた。
「ごめん……鍋パーティーはともかく、夜寄っていい?」
「……いいよ。無理しなくて」
 鷹緒の言葉にも素直に喜べずに、沙織は首を振る。
「だから無理じゃないっての。とにかく夜の企画会議終わったら電話するから。おまえも仕事頑張れよ」
 ろくなフォローも出来ずに去っていく鷹緒を見て、沙織もまた深い溜息をついて一人歩き始める。これから撮影があるものの、まだ入り時間まではかなり早く、どこかで時間を潰さねばならない。
 この後ある撮影現場近くの喫茶店に身を寄せると、しばらくして理恵の姿が見えた。
「沙織ちゃん」
 そう言われて、沙織は会釈をする。
「理恵さん……おつかれさまです」
「時間調整? 私も一緒にいいかな」
「もちろんどうぞ」
「じゃあ失礼します」
 目の前に座った理恵は店員に注文をすると、持っていた資料の整理を始める。
「今日はそこのスタジオで撮影よね。今日は私が付くので、よろしくね」
「こちらこそ……でも理恵さん、副社長なのにマネージャー業まで大変ですね」
 沙織の言葉に、理恵は苦笑した。
「私なんて名ばかり副社長だから……今に始まったことじゃないしね。それにうちの会社は企画部と事務がいるおかげで、そっちに任せられる仕事も多々あるから、私も事務方より実働部隊に徹せられるのよ。もともと外回りのほうが好きだしね」
 そこに理恵が注文したコーヒーが運ばれてきた。理恵はそれに口をつけて、沙織を見つめる。
「なんか……浮かない顔してるね」
 理恵にそう言われ、沙織は俯いた。
「そうですか? そんなことはないですけど……」
「そうだ。今度から始まるテレビの準レギュラー……バラエティとはいえ情報番組だから、事務所にいくつか見ておいて欲しいっていうDVDとか本とか届いてるの。近いうち割り振るから、一緒にやる麻衣子ちゃんや綾也香ちゃんと見てもらうことになると思うわ」
「わかりました。私もその仕事決まってから、麻衣子たちと精力的に映画とか見に行ってますし、まだまだいろんなもの見聞きしたいと思ってます」
「うん。頑張ろうね」
「はい」
 いつもの明るい沙織に戻ったことで、理恵は沙織の心配の種がプライベートであることを悟りながらも、自らそれを聞く気にはなれずに静かに微笑む。
「……仕事でもプライベートでも、何か悩みがあったら言ってね。私に言えないようなことなら、他のモデル部の人間もいるし……あんまり溜め込まないで」
 そう言われて、沙織もまた微笑んで頷いた。
「ありがとうございます……悩みって言うほどでもないんです。仕事も楽しくて充実してるし、仲の良い友達とも会ったりしてるし、鷹緒さんも優しいし……」
 理恵の前で鷹緒の話をすることもどうかとは思ったが、理恵は沙織にとって鷹緒に対する一番の理解者でもあり、相談相手でもあり、また自慢したい気持ちがあるのも事実だ。
「そう。彼、優しいんだ?」
 話を聞いている理恵は、嫉妬どころか優しい目を向けている。
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音