FLASH BACK
「だから、一度くらい断られたって気にするなよ。牧はおまえに愛想つかしたわけじゃないと思うし、かといって遊びのわけでもないだろうし、焦らなくても時期が来れば解決するんじゃない? って、俺みたいな負け犬に相談してる時点でどうかと思うけどな」
「いや、やっぱ鷹緒さんはカッコイイです。普通にしててもそんななのに、そんなサプライズされたらイチコロですよね……」
「だから俺は成功者じゃないっての。でも……ちょうど十五年前の今日なんだよなあ」
頬杖をつきながら遠い目をする鷹緒に、俊二は目を見開いた。十五年前のバレンタインデー、鷹緒は理恵に一世一代の大勝負を仕掛けたというのだ。それを聞いて、十五年後の今が申し訳なく思えた。
「すみません。今年は彼女もいるっていうのに、僕なんかと場末の居酒屋で……」
「ハハ。べつに彼女がいたって、今日はどのみち一人だから」
「でも、うまくいってるんでしょう?」
「まあな。そういやおまえ、牧からチョコレートもらった?」
話を戻されて、俊二は俯く。
「いえ……」
「俺はもらったよ。おまえのがないわけないだろ。もらい忘れたんじゃねえの?」
「今日はしゃべってもいませんから……」
「うまくいってないなら、余計に距離なんかとらないほうがいいぞ」
「はい……」
その時、俊二の携帯電話が震えたので、俊二は隣に置いていたバッグを探る。見るとメールだったが、牧からではなく友達からである。
俊二は溜息をつくと、携帯電話をバッグに戻す。すると、バッグの中に見慣れぬ小箱が入っていることに気付いた。今日は出先でチョコレートをもらったものの、それには見覚えがない。
「これは……?」
取り出した俊二の手に握られた箱を見て、鷹緒は微笑んだ。
「牧からだよ。俺にくれたのと同じ包み」
「え、本当ですか? いつの間に……」
「開けてみれば?」
鷹緒に促され、俊二はラッピングされた箱を開けた。そこには鷹緒が食べたものと同じ手作りのトリュフチョコレートが入っている。
「たぶん……全部食ったら答えが出るんじゃない? 俺にくれたのは、牧のおまえに対する前振りか保険だったのかも」
そう言いながら、鷹緒は自分のバッグの中を探り、俊二が手にする箱と同じ箱を取り出して中を見せた。すでに鷹緒はあと一個を残して食べ尽くしているが、四個入りの箱の底には、牧からの“いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします”という手書きのメッセージが書かれていた。チョコレートをどけないと見えないメッセージである。
俊二はそれを見て、牧からのチョコレートを一気に口に入れた。
「一気かよ……」
苦笑する鷹緒だが、俊二は箱の底を見つめて目を潤ませている。
「なんか書いてあったか?」
心配そうに尋ねる鷹緒に、俊二は頷きながら箱を差し出した。鷹緒はそれを見つめると、俊二を見て微笑む。
箱の底にはやはりメッセージが書かれており“この間はごめんね。びっくりしちゃって余計なこと言っちゃったけど、すごく嬉しかったです。今すぐ結婚は考えられないけど、結婚を前提にお付き合いを続けていけたらと思っています。大好き”と書かれていた。
「よかったじゃん」
「はい! ありがとうございます」
「今日が終わらないうちに、会いに行ったら? まだ会社にいるかもよ」
鷹緒に言われて、俊二は思い立ったように立ち上がった。
「あ、でも……」
「ここはいいって。行けよ」
「じゃ、じゃあ……失礼します。今日はありがとうございました!」
足早に去っていく俊二を尻目に、鷹緒は苦笑して一人酒を呑む。
「ったく、俺ってば損な役回りじゃん……やっぱりバレンタインは駄目だな……」
惨めな身の上を案じて、鷹緒は笑うことしか出来ない。バレンタインデーに一生忘れられないほどの思い出を作ってしまい、この日が来るといつでも思い出してしまう。
鷹緒は早めに切り上げて会計を済ませると、居酒屋の外へ出た。すると、ちょうど向こうから理恵と牧が歩いてくるのが見えて、鷹緒は顔を顰めた。
「牧……おまえ、俊二は?」
思わず言った鷹緒に、牧は首を傾げる。
「え? 鷹緒さん、俊二君と呑んでたんじゃないんですか?」
「あいつ、おまえに会いに行ったぞ」
「嘘……まあでも、用があるなら電話くらいかけてきますよ」
女性というのは男性より淡泊な部分があるなと思いながら、鷹緒は頷いた。
「あんまりすれ違わないようにしろよ」
「じゃあ牧ちゃん、俊二君に電話してみたら?」
今度は理恵がそう言ったので、牧もまた苦笑して携帯電話を見つめた。すると気付かなかったのか、そこには俊二からの着信が入っている。
「あちゃー、気付かなかった。じゃあ私、ちょっと戻ってみますんで、ここで……」
「うん。おつかれさま」
去っていく牧を見送って、理恵は鷹緒を見つめる。
「俊二君にふられたみたいね」
「まあな……おまえは? 牧と飲み会ってわけじゃねえよな?」
「うん。たまたま帰るタイミングが一緒だったから、駅に向かってただけ。今日はバレンタインなのに、紙袋下げてないのね?」
「本命がもらえればいいんだよ」
「その本命と、これからデート?」
からかう理恵に、鷹緒はバツが悪そうに俯いた。今日は沙織に会ってもいないため、チョコレートすらもらっていない。しかし鷹緒は見栄を張るように口を開く。
「まあな……」
「そう。今日はイベントも盛り上がってたし、沙織ちゃんの気持ちも盛り上がってるんじゃない?」
「俺はおまえに会って盛り下がってるよ」
悪態をつきながら歩き出す鷹緒に、理恵は苦笑してついていく。
「ずいぶんな口利くのね」
「ついてくんな」
「しょうがないでしょ。駅こっちなんだから」
「今日はおまえのこと考えたくない日なんだよ」
本音を言う鷹緒に、理恵は立ち止まった。そんな気配を感じて、鷹緒は振り返る。
「行っていいよ」
苦笑する理恵が寂しそうに見えて、鷹緒は軽く溜息をついた。
「それじゃあ俺が、嫌なやつみたいじゃん」
「まあ、見る人が見たらそうじゃない? もうどっちなのよ。優しいのか冷たいのかはっきりしてくれなきゃ、私も困るよ」
「俺は……十五年前のバレンタインデーが、今思い出しても苦いだけ」
そんな鷹緒とは対照的に、理恵は明るく笑う。
「私も忘れられないよ。でも苦くなんかなくて、もう一生あんなサプライズしてもらえないんだろうなって、ちょっと宝物みたいに胸にしまってあるの」
「……俺は俊二に言っちゃったけど」
「ええ? せっかく二人だけの貴重な思い出なのに」
「どこが。それにおまえ、あの時全然喜んでなかったじゃん。むしろ引いてた」
「引いてはないけど、よく鷹緒がここまでしてくれたなあっていうほうが先に来ちゃってたのは確かかも。でも泣かなかっただけでちゃんと感動したし、だからプロポーズ受けたんじゃない」
「二度断られてたら結婚なんてしなかったよ」
「二度? 一回断ったっけ?」
「おまえなあ……」
そう言ったところで駅に着き、行き先が違う二人はその場で手を上げた。
「じゃあな」
「あ、鷹緒……」
去りかけた鷹緒に、理恵が声をかける。
「ん?」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音