FLASH BACK
しかし豪が帰ってきた数日中に、鷹緒は広樹に打ち明けた。そして牧もまた、それを後に知らされている。知らされた方としては複雑な思いがありつつも、もう打ち明けられてから数年経っていることもあり、変わらず子供思いの鷹緒を見れば、それもまた薄れていた。
「わかってるよ。大事なのは僕だって同じだ……それで、おまえにチョコが減った理由って、結局なんなの?」
早く話題を変えようと、広樹はそう尋ねる。鷹緒は気に留めた様子もなく、早くも牧のチョコレートの二個目に手をつけていた。
「べつに大したことじゃないよ。もらったらべつのやつに横流ししただけ」
「おまえ、最低……」
「その場で開けて食べるフリはしたよ?」
「それでその場に置いてきたんだろ? それじゃあ差し入れと同じ扱いしただけじゃん」
「そういうノリにしたし、一応断っておいたから大丈夫だって。それに向こうだって、俺一人で全部食べ切れないのはわかってるだろ。ホワイトデーでお返しすれば済むことなんだからいいんだよ。とにかく今年は量も多いし彼女もいるし、他からしかも義理までもらうなんて面倒くさい」
先程の恵美からのチョコレートと比べれば、まるで鬼畜の言い分に聞こえたが、広樹と牧は互いの顔を見合わせて苦笑した。
「わからないでもないですけど、またあとで私が他の会社の女の子と飲みに行った時に、文句言われるのは嫌ですよ?」
牧は取引先の女子社員とよく飲みに行っているため、鷹緒や広樹の他での付き合いも知っている。そんな牧に、鷹緒は溜息をついた。
「もし言われたら言って。来年はまた考える」
「言われなくても考えてくださいよ。その扱いはちょっとひどいです」
「そうか? いい方法だと思ったんだけどな……」
「ただいまー!」
その時、モデル部の社員たちが戻ってきた。今日はバレンタインのためにイベントが多数あったのである。
「おかえりなさい。おつかれさま」
三人だけの事務所が、一気に賑やかになった。
モデル部が帰ってきたということで、沙織も仕事を終えたとみて、鷹緒は携帯電話を見つめる。しかしメールも着信もないので、今日は会えないかもしれないと思い、デスクへと向かった。
しばらくすると、隣の席に俊二が帰ってきた。
「おう。おかえり」
「ただいまです……」
浮かない顔の俊二に、鷹緒は首を傾げる。
「そんなに疲れたのか? 今日の現場」
「いえ、違うんです……」
「じゃあなに? カノジョと喧嘩でもした?」
冗談で言った鷹緒だが、それに反して俊二は顔を曇らせた。
「……はい」
「嘘。マジで?」
無意識に、鷹緒は俊二越しに牧を見た。先程の様子からもいつも通りに見えたが、もしかしたらいつもの鈍感さに牧の地雷を踏んでしまったかもしれないと、鷹緒も不安になる。
「喧嘩っていうほどではないんですけど……鷹緒さん、今日はデートですか? 違うんなら飲みに行きません?」
情けない顔の俊二を前に、鷹緒は小さく息を吐いた。
「べつにいいよ」
「本当ですか? じゃあすぐ仕事片付けますんで!」
隣のデスクでパソコンに向かい始めた俊二を横目に、鷹緒は沙織に電話をかけた。
『おつかれさまです』
まだモデル仲間と一緒にいるのか、のっけから他人行儀な沙織の声が聞こえる。
「おう……そっち終わった? 今日の予定は?」
『これから女子会』
「そう。じゃあ今日は会わなくていいな?」
『その言い方がなんかムカつくけど……うん、いい』
「わかった。こっちも飲みに行くから。じゃあな」
それだけを言って、鷹緒は電話を切った。会う約束をこぎつけたかったわけではないが、居所くらいは言っておかないといけないと思ったのである。
鷹緒も残った仕事を片付けると、俊二とともに会社を出ていった。
居酒屋へ向かった二人は、早速酒で乾杯をする。
「バレンタインに男二人って、すげー微妙だな……で、どうしたんだよ?」
苦笑しながらも、鷹緒はすぐに真剣な顔をして俊二を見つめた。
「先日……鷹緒さんからもらったディナークルーズで、牧ちゃんにプロポーズしたんです」
展開の早い俊二の行動に、鷹緒は目を丸くしながらも続きを聞こうと前のめりになった。
「早いな。それで?」
「……俊二君らしくないって、言われちゃって……」
それを聞いて、鷹緒は椅子に座り直すと、煙草に火を点けた。
「……何に対して?」
「全部でしょうね……豪華ディナークルーズも、僕にしちゃ背伸びしすぎだったと思いますし、プロポーズの仕方もハマってなかったのかなって……街の夜景を見ながら、ロマンティックにやったつもりだったんですけど……」
落ち込む俊二を前に、鷹緒は苦笑した。それを見て、俊二は口を尖らせる。
「ひどいですよ……鷹緒さんは百戦錬磨だから簡単に落とせるかもしれませんけど、僕はそれなりにたくさん頭の中でシミュレーションして、考えに考え抜いたプランで臨んだんです!」
鷹緒は煙草の煙を吐くと、その火を消して静かに笑った。
「俺が百戦錬磨のわけねえだろ? 俺もさ……実は一回、プロポーズ却下されてんだよね……」
苦笑しながら言う鷹緒に、俊二は目を見開く。
「却下って……副社長にですか?」
「そう。俺はおまえと逆で、何にも考えないで、ただ日常の中で言ったんだよ。もともとお互いにそういう話はしてたから、まさか断られるとは思ってなかったんだけどな……“こんななんでもない時に言うなんて酷い。もう一回ちゃんとムードのある時にやって”とか言われてさ……」
なぜこんな苦い昔話まで出して俊二を慰めなければならないのかと思いながらも、鷹緒は昔話を語るように、笑いながらそう言った。
「それはちょっとキツイっすね……それで、どうしたんですか?」
「やったよ。こっちもプライドがあるから数ヶ月は放っておいたけど、これでもかっていうくらいベタベタのサプライズしてやった」
「どんなふうにですか?」
真剣に悩んでいる様子の俊二だが、鷹緒はそこまで教える気はなく、溜息をついて日本酒に口をつける。
「そこまで言いたくないんだけど……」
「教えてくださいよ!」
「うーん……」
渋る鷹緒に、俊二は子犬のように潤んだ目で見つめるので、鷹緒は苦笑して重い口を開いた。
「……その日はイベントがあって……俺もあいつも同じ仕事だったから、終わった後に食事に行ったんだ。でももちろんその日にやるって前もって決めてたから、前振りとかもしておいて、ちょっと洒落た展望レストランで食事するのも違和感ないくらいにして、そのままヘリで周遊しながら花火見て、降りた先が遊園地でさ。予約してたからそのまま人通りパスして、観覧車の中で指輪出した。でもあいつは、感動なんて見せなかったけどね」
端折って簡単には言ったつもりだが、それでも苦い思い出として言葉に滲み出ている。
「ええ。そこまでしてですか……」
「そういうやつだよ。まあ喜んではくれたみたいで、プロポーズは受けてくれたけどな。あんなこっぱずかしいことはもう出来ないし、あの頃あれ以上求められてたら別れてたかも」
普段の鷹緒からは想像もつかないほどのサプライズに、俊二は興味津々の様子で頷いた。
「へえ……すごいですね」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音