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FLASH BACK

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「大丈夫だけど、疲れたあ」
「それ全部チョコですか?」
「うん。鷹緒から袋もらったはいいけど、それでも足りなくてコンビニに走ったよ……」
「もう……鷹緒さんってば、せっかく用意したのに持って行かなかったんですね?」
「おかげで僕は助かったけどね……」
 そう言いながら、広樹は奥の会議室へと入っていく。そこにはいくつものダンボール箱が置かれ、すでに始まっていた仕分け作業により、名前別で分けられている。
「やっぱりね……鷹緒の人気は健在か」
 箱いっぱいの鷹緒宛のダンボールを見て苦笑する広樹は、持ち帰ってきた紙袋を置く。ほとんどは自分宛の義理チョコだが、鷹緒を含めた社員用に預かってきたものもある。
 そこに、牧がコーヒーを入れてやってきた。
「昼間、作業班が頑張ってくれたんで、仕分け作業は概ね終了しました。社長宛のは社長室に運んでありますよ。やっぱりテレビ効果なんでしょうかね……例年以上でびっくりしました」
「本当に?」
 会議室手前にある社長室を覗くと、確かに中には大きなダンボール箱が置かれている。
「ええ? これ全部、僕に?」
「そうですよ。今回は鷹緒さん以上かもしれませんね」
「なんでだろう……」
「ただーいまー」
 そこに鷹緒が戻ってきた。手には大きめのレジ袋があるものの、広樹ほどの量ではない。
「おかえり……鷹緒、それだけ?」
「うん。ああこれ、おまえ宛に預かった」
 そう言って、鷹緒は広樹にチョコレートの包みを渡す。
「私の読みが外れたんですか? 鷹緒さん、もっともらうはずなのに……」
 不思議そうに首を傾げる牧に、鷹緒は苦笑した。
「言ったろ。俺の全盛期はとっくに過ぎてますから」
「鷹緒さん、なにかしたでしょ?」
 そんな牧を尻目に、鷹緒は不敵に微笑む。
「べつに? チョコくれるくらいなら、仕事くれとは言ったけど……」
「うわあ……鷹緒さんにしか言えないセリフですね」
「まあ冗談だけど、仲良い女性陣には、もらっても食べないとも言っておいたし」
「それでも鷹緒さん宛のチョコは箱で来てますけどね……」
「それは一般人だろ? 手紙だけくれよ」
 牧の話を聞きながら、鷹緒は会議室を覗いた。沙織宛のチョコレートも紙袋で来ているらしい。
「ヒロ。おまえ、イベントの引率だったんだろ? モデル陣は?」
 社長室に顔を出して、鷹緒が尋ねる。
「僕は前半だけだから。あとで理恵ちゃんたち来たから、途中で抜けて帰って来たんだ。バレンタインイベントだから、あのままいたらもっとチョコ増えてただろうしね」
「おーおー、おモテになるようで」
「こんなにもらったの初めてだよ」
「もらった? 綾也香たちから」
「もらったよ。コテコテの義理チョコ」
「案外手作りかもよ?」
「ハハッ。じゃあ怨念詰まってるのかな」
「しかしトップモデルからチョコもらうってのは、いいもんなんじゃないの?」
「そりゃあまあね」
 照れくさそうに笑う広樹を見届けて、鷹緒は給湯室へと入っていく。すると牧がコーヒーを入れていた。
「コーヒーでいいですか?」
「うん。ありがとう」
「あと、いっぱいもらってるでしょうけど、これは私から」
 用意していたチョコレートを差し出した牧に、鷹緒は嬉しそうに微笑んだ。
「おお、やっとまともに食えるチョコだ。サンキュー」
「なんですか、それ」
「俺はおまえを信用してるってこと」
「鷹緒さん……その笑顔がずるいですよ」
「俺なんかの笑顔で良ければ、いつでもあげますよ」
 今日は未だ調子がいいのか軽く冗談を言って、鷹緒は早速、牧からもらった包みを開けた。そこにあったのは、手作りのトリュフチョコレートである。
「手作りじゃん。よく時間あったな」
「溶かして丸めるだけなんで」
「俊二のついででも嬉しいよ」
 早速チョコを頬張って、嬉しそうに微笑む鷹緒に、牧は苦笑した。長年勤める自分だから素の顔を見られる部分もあるだろうが、そうでなくとも鷹緒がチョコレートを数多くもらう理由がわかる気がする。
「鷹緒さん……やっぱりカッコイイですね」
 そう言った牧に、鷹緒は驚いて噎せ返った。
「てめえ。急になんだよ」
「だって……普段一緒にいて忘れてましたけど、チョコレートの数がそれを物語ってるなあって」
「ああそう?」
 苦手な話題でうんざりした鷹緒を見て、牧は責めるように笑顔で頷く。
「そうですよ。あーカッコイイ。超カッコイイ」
 悪ノリする牧に、鷹緒もまた不敵に微笑むと、牧を壁際に追い詰め、いわゆる壁ドン状態で牧を見つめた。
「え、牧ちゃん。俺のどこがカッコイイって? 顔? 声? 仕草? 性格?」
「ちょっと、鷹緒さん!」
 ある意味キレた状態で微笑む鷹緒に、さすがの牧も真っ赤になってそう叫ぶ。
 そんな鷹緒の頭を、後ろから広樹が叩いた。
「イテ!」
「おまえな、いつか牧ちゃんに訴えられるぞ?」
 一部始終を見ていた広樹は、苦笑してそう言った。
「助けて、ヒロさん!」
 広樹の後ろに回り込む牧に、鷹緒も苦笑する。
「いや、そのシチュエーションが流行ってるらしいから」
「だからって、私に試さないでも」
「ドキドキした?」
「だから、なんで私にドキドキを求めるんですか!」
 お互いに気を許し合っている二人の間で、広樹は苦笑するしかない。そんな中で、鷹緒と牧は楽しげな言い合いを続けている。
「だっておまえ、俺になびかないじゃん」
「そんなことないですよ? 人間、いつ何が起こるかわからないですし」
「へえ? そりゃあ誤算だったな」
 長年共にしてきた社員だからこその会話だが、傍から見ている広樹には羨ましくもハラハラしつつもあった。
「まったく、恵美ちゃんから手作りチョコもらっただけで一日中機嫌がいいなら、これから毎日作ってもらおうかな」
「おまえにもあげてたって聞いて、半減したけどな」
 広樹と鷹緒の会話に、牧はくすりと笑った。
「もう、鷹緒さんったら。彼女より娘さんからのチョコのが嬉しいなんて、沙織ちゃん妬きますよ?」
「こればっかりはしょうがねえだろ。それにバレンタインにチョコ作ったのは、生まれて初めてだっていうから。しかも俺のためだって。だからおまえにあげたのは、ついでの余りだからな」
「いいよ、ついででも余りでも……ったく、親馬鹿だな。しかし本当の父親じゃないのに、よく……」
 そんな広樹の言葉に、場は一瞬にして凍りついた。冗談めいて言ったつもりだったが、凍りついた場に広樹は顔色を変える。
「悪い……」
 鷹緒は口を曲げつつも、諦めるように苦笑した。
「そんな重くならないでくれる? いいよ、本当のことだから……でもまだ戸籍上では俺の娘だし。誰がなんと言おうと、俺はあいつが大事なんだよ」
 恵美が自分の子供ではないということは、広樹にさえずっと嘘をついてきたことだ。それは使い分ける自信がなかったことにもあれば、恵美が生まれた当初は、理恵と復縁するかもしれないという当時の思いが少なからずある。
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音