小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

FLASH BACK

INDEX|51ページ/84ページ|

次のページ前のページ
 

17. ビターバレンタインデー



 朝、出かける支度をしている鷹緒の前で、広樹が行動予定表のホワイトボードに記入を始めた。
「おまえも出かけんの?」
 鷹緒の言葉に、広樹が振り返る。
「うん、打ち合わせとイベントの引率」
「俺も出るとこだけど」
「電車? 同じ方面なら一緒に行こうか」
「ああ」
 そう返事をして、鷹緒もホワイトボードに記入すると、広樹とともに会社を出ていく。
「あ、ちょっと待ってください!」
 その時、受付にいた牧が二人を呼び止めた。
「なに?」
 同時にそう言って振り向く二人に、牧が折り畳んだ紙袋を差し出した。
「なにこれ?」
「今日が何の日かわかってないんですか?」
 口を曲げる牧に、広樹は首を傾げる。
「バレンタインデー?」
「まさかチョコ用に持ち歩けって? んなこと出来るか」
 広樹に続いて鷹緒が言った。しかし牧は、強引に二人に紙袋を持たせる。
「嫌味でもなんでも、毎年どれだけもらってるか学習能力ないんですか? 以前はもらった先で袋もらったり、もらったのに忘れて来たりと散々だったでしょ? そんな失態を後で聞かされる私の身にもなってください。恥ずかしいので持って行ってもらいます」
「いや、牧ちゃん……鷹緒はともかく、僕は毎年そんなにもらわないし、たとえ持ちきれなくなっても外で買うからいいよ。持って行って全然もらえなかったら、それはそれで恥ずかしいし……」
「俺だってしばらく海外にいたんだから、俺に義理チョコくれる習慣ついてる人からも、もうもらえないと思うけど……」
「いいから持って行ってください!」
「ハイ……」
 牧の剣幕に押され、鷹緒と広樹は紙袋を持って会社を出ていった。

「ヒロ。やる」
 会社の外に出るなり、鷹緒が紙袋を差し出した。
「ええ? あとで牧ちゃんにしばかれるぞ」
「牧が怖くてやってられるか。それに俺、本当に必要ないもん」
「もしかしてあれか? 本命以外は受け取らないとかそういうこと?」
「そう出来たらいいけど、取引先では断れないな」
「じゃあ必要だろ。牧ちゃんが言ってること、全部おまえの失態だろうが」
 広樹の言葉に、鷹緒は苦笑する。
「確かにそうだけど……本当、今年はいつもくれる人たちからは、今日会わないからって結構前からもらってるし、今日の仕事はほとんど男ばっかりだから大丈夫だと思う。おまえは今日のバレンタインイベント行くんだろ? 女ばっかりの現場なんだから、多めに持って行って損はない」
「そんなこと言って邪魔だからだろ。おまえじゃないんだから、二袋なんて必要ないよ」
「残念。俺の全盛期は二袋どころじゃねえよ」
「それはモデル時代とかだろ。しかしおまえ今日、機嫌良いな」
 昔話を持ち出して笑う鷹緒が珍しく思えて、広樹が不思議そうにそう言った。すると鷹緒は、歯を見せて得意げに笑う。
「わかる? 直接じゃないけど、恵美から手作りチョコもらったからさ」
 なるほど鷹緒の態度がいつになく明るい理由がわかり、広樹は苦笑する。
「それ、僕ももらったけど」
「はあ? 嘘だろ。なんでおまえに……」
「僕だって、恵美ちゃんに好かれてるもんね」
「ああそう?」
 一気にテンションが落ちるように、鷹緒は溜息をついた。
「まあいいじゃん。今年は本命からもらえるんだろ。じゃあまあ……資料入れとして頂こうかな」
 広樹は持っていた書類ケースを紙袋に入れ、鷹緒の紙袋も一緒に入れた。
 そして二人は電車へと乗り込む。
「しかしバレンタインか……この時期、憂鬱だよな。うちは女性タレントばっかりなのに、結構ファンの人から届くから、事務所宛のチョコの整理もしなくちゃいけないし、個人的なホワイトデーのお返しもばかにならないし……」
 それを聞いて、鷹緒はふと思い出した。
「ああ、会議室のダンボール、あれ全部チョコか」
「そうだよ。おまえ宛のもあったぞ。去年まではアメリカ行ってたから落ち着いてたけど、またテレビ出たりして名前が売れたし、今年はきっと箱で渡すようだな」
「だったらおまえもテレビ出たから多いんだろ。俺のは捨てといてくれ」
「言うと思ったけど、チョコはともかく手紙は読めよ。これ、社長命令」
 なんでも言い合える仲ではあっても、社長命令というのは鷹緒にとって絶対的な言葉であるため、苦笑しながらも頷いた。
「わかったよ。しかしチョコは好きなんだけどな……知らない人からのチョコなんて食えないし……」
「そうか?」
「おまえも食い意地張ってるんだから気を付けろよ。変なモノ注入されかねないから」
 そう言う鷹緒は、バレンタインデーというものに対してあまりいい印象を持っていない。特にモデル時代は公私ともに人から憧れられる存在だったため、もらったチョコレートの数も桁違いだったのだが、中にはまじないと称して異物が混入されているチョコレートや、怨念とまで取れる手作りプレゼントをもらったこともある。
「ハハ。僕はそこまで嫌な思いしたことはないから……でも今年は沙織ちゃんもいるんだし、食べられるチョコがあってよかったじゃないか。彼女だったら手作りじゃない?」
「どうかな……あいつだって今日のバレンタインイベントに出るし、そんな暇ねえだろ。今日は会う約束もしてないし」
「そうなんだ?」
「おまえも義理だけじゃないんだろうから、そろそろ決めたら?」
 突然の鷹緒の言葉に、広樹は顔を顰める。
「チョコもらった中から彼女選べって? どれが義理でどれが本命かなんてわかんないだろ。僕の場合、社長ってだけでもらうことも多いんだから」
「おまえ、散々人の恋路にとやかく言ってくるくせに、自分の恋愛に手を出さないってなんだよ?」
「それはおまえじゃないけど、そんな暇ないって。今日だって社長自ら引率だぞ? たまには悠々とイベントを遠くから見てるだけのポジションでいたいよ」
「だったら従業員増やすか、仕事減らすかしてくれ」
「はあ……なんか僕たち、進歩しない会話だよなあ」
 深い溜息をつく広樹を横目に、鷹緒が笑った。
「まあ、俺たちがこんななのは三崎企画にいたからだろ。あそこで忙しかったのが沁みついてるから、百パーセント以上の仕事しなきゃ気が済まないって感じ」
「残念ながら、それはあるね」
「俺はただ目の前の仕事こなすだけだけどな……じゃあ俺、次の駅だから」
 そう言いながら、鷹緒は切符となる電子マネーカードを取り出す。
「ああ、了解」
「せいぜいチョコレートに埋もれないようにな」
「ハハッ。一度くらいそうなりたいもんだよ」
 互いに笑って、先に鷹緒が電車を降りていった。
 残された広樹は、大きな紙袋を見つめながら苦笑した。広樹も学生時代から人より多くチョコレートをもらう人間だったが、鷹緒を見ていると麻痺する部分もある。それはすでに事務所宛に届いたタレント宛の段ボール箱を思い出しても同じで、甘い物に対して嫌悪感さえ覚えそうだった。しかし鷹緒の言葉を思い出すと、気になる存在から本命チョコというものがもらえるかもということは、一応気になった。

 夕方。WIZM企画のドアが開くなり、牧は驚いて立ち上がった。
「おかえりなさい……だ、大丈夫ですか? 社長」
 目の前の広樹は三袋の紙袋を抱え、尚且つイベントで使用した資料などを抱えている。
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音