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FLASH BACK

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「ずっと言うの躊躇ってた。誰に黙っていても、おまえだけにはって……でも恵美が生まれて、俺もおまえも同じくらい喜んで、それ見てたら言いづらくなったし、逆に血の繋がりなんて関係ないのかなって……」
「だからって……」
「わかってる。言う機会はいくらでもあったよな。離婚する時、恵美に父親が違うと告げた時、恵美が小学校に上がる時……でも俺だって怖かったんだ。恥ずかしいけど……離婚して一人になってもやって来れたのは、おまえや彰良さんや事務所のみんながいたおかげで……それまで失ったらって思うと言えなかった。同情されるのも、軽蔑されるのも嫌だった」
 僕がそんなことを思うはずがない……と思っても、なぜだかそこで口には出来なかった。
 タイミングを失った僕に、鷹緒は続けて口を開く。
「だって言えるわけないだろ。俺は世間から見たら妻を寝取られた夫で、その上子供までって……情けないこと極まりないだろ。俺だってプライドがないわけじゃないんだぞ? 結果的に言うことにはなったけど、あの頃そんな惨めな姿晒すなんて出来なかったよ」
「……そんなこと知ってたら、理恵ちゃんをうちの事務所には入れなかったよ」
 僕の言葉に、鷹緒は苦しそうに笑った。
「ヒロ……おまえだって、理恵だけが悪いと思ってないだろ?」
 宥めるようにたしなめるように、鷹緒は静かにそう言った。僕もまた考えて、静かに口を開く。
「そりゃあ夫婦にはいろいろあるだろう……でも誰が見たって、浮気した彼女のほうに非があるのは確かだろ。おまえはどうしてそんなに自分を悪く思えるんだ?」
「……確かに理恵は悪いけど、あいつを放っておいた俺が一方的に責められる立場にはないし、あいつだって十分苦しんだのわかってる。だから俺は、あいつがうちの事務所に入るって聞かされた時も反対しなかったし、あいつがうちに必要とされるくらいの人間になったなら喜ばしいことだと思った。だから……俺とあいつの個人的な理由で、そんなこと言わないでくれ」
「おまえ……もう少し我を強く持てよ」
 思わず僕はそう言った。だってあまりにもやりきれない。僕が鷹緒と同じ立場にいたら、そんなふうには絶対に思えずに、彼女を責めているだろう。
 でも鷹緒は、苦笑しながら僕を真っ直ぐに見つめた。
「俺は二番手、三番手でいいんだよ。あいつの浮気を許したわけじゃないけど、あの頃俺があいつを許したのは、たぶん俺にあいつが必要だったからで……それ以外何も考えてなかったと思う。今はお互いに吹っ切れてるし、俺はあいつが豪や他の誰とやり直そうとしても応援してやれる。勝手だとは思うけど……おまえも割り切ってくれないか」
 それを聞いて、僕は溜息をついた。
 確かに、聞かされたのは恵美ちゃんの出生に関する事実だけで、今は同じ事務所にいる理恵ちゃんを、それによってどうするとかは考えられない。なにより彼女は、もはや仕事上で大切な人である。でも鷹緒のことを考えると、ただ“ああ、そうですか”とは思えず、なんだかやるせなかった。
「そんな簡単に割り切れたら苦労はしないけどな……これから理恵ちゃんのこと、どう見たらいいんだよ」
 本音を言いながら頭を抱える僕を見て、鷹緒は苦笑しながらソファに寄りかかり、天井を見上げる。
「時間が解決するんじゃないのかな……そのうちあいつが再婚でもしたら、俺とのことなんてみんな忘れるよ」
 僕がおかしいのかもしれないけど、今までの鷹緒の言葉が、すべて理恵ちゃんを守るような言葉に聞こえて、僕はなんだか嫌悪感さえ覚えてしまった。
「おまえは? だったらおまえも次の恋愛に踏み切れよ」
「それはおまえに言われたくないなあ」
 すぐにそう切り返されて、僕は口を曲げる。
「僕はいつだって恋愛できる。おまえみたいに頑なじゃない」
「そっか。まあ……俺はもうすぐアメリカ行っちゃうしな。今こっちで恋人なんて作れないし、向こうで作ったとしても二年でお別れだろ。もともと一目惚れとかねえし……じっくり恋愛するなら、少なくとも二年後じゃねえの?」
 鷹緒はもうすぐ、三崎さんのいるニューヨークへ行ってしまう。こいつは誰も関係のないところへ行くからいいが、残される僕の立場にもなってもらいたい。
「言い逃げかよ……」
「こんな言葉で振り回して悪い。でも俺もあいつも反省してるし、おまえが責めるならそれも覚悟してる。どうしてもって言うなら解雇しても構わない。でも……出来たらあいつ共々、これからもよろしく頼むよ」
 そう言う鷹緒はずるいくらい痛々しくて、僕が女なら落ちていたかもしれない……なんて冗談が思い浮かぶほど、もうどうでもよくなっていた。
「ずるいな、おまえ……僕はそこまで思ってないし、言わないよ」
「ごめん。ありがとう」
「……今日は飲みにつきあえよ。ついでにカラオケ」
 最近の鷹緒の空き時間は、アメリカに行く準備で、いろいろ世話になっている会社に顔を出しているのはわかっているが、今日だけは許さないと思った。
 それを鷹緒も知っているように、諦めムードで立ち上がる。
「いいですよ。今日は社長に接待しましょ」
「ああ。一晩じゃ足りないくらいだよ」
 不思議だった。こいつはただの同期でも部下でもなければ、友達や親友というべきポジションであるのかも疑わしい。言うならばもっと飛び抜けた関係で……ただ今となってはなくてはならない存在で、それをそうだと面と向かって言うことは今後もないんだろうが、きっと鷹緒もそう思ってくれてるのかと思うと、なんだか恥ずかしくなった。
 そしてその時、僕は初めて鷹緒の気持ちを理解した気がした。言葉では言い表せないけれど、僕にこんな重大なことを黙っていた理由、言えなかった心情、僕が想像する通りなら、やっぱりこいつは馬鹿がつくほど不器用で、子供で、優しい一面を持っているのだと思う……いや、そう思うことにしよう。
「ヒロ。とりあえずいつもの居酒屋でいい?」
「おう。カラオケボックスの予約も入れとけよ。オールナイトで」
「ハイハイ……」
「ハイは一回」
「ハイハイハイハイ……今日は社長のために一肌脱ぎますよ」
「脱がなくていいよ。気持ち悪い……」
 この後こいつが、二年であっても離れてしまうのは内心寂しかった。でもきっと二年後に戻って来る頃には、僕もそして鷹緒も、一皮も二皮も剥けて、新しい仕事や恋に歩めたらなと、今は漠然としたことを願っている――。




作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音