FLASH BACK
恋人たちが当たり前にしているそんなデートというものを、やっと鷹緒さんと出来ることに、私は嬉しさを隠しきれずに笑った。
「なに?」
送ってもらった家の前、車の中で鷹緒さんが首を傾げて私を見つめた。その顔は優しく、愛しい。
「ううん。今日は本当にありがとう」
「こちらこそ」
付き合い始めて数か月、鷹緒さんは未だに時々、照れた顔を見せる。それがなんとも可愛らしくて、私は更に嬉しくなってしまう。
「明日は会えるかな……?」
「うーん。明日明後日は帰るの遅くなると思う。その後なら、割と早く帰れるよ。また連絡する」
「わかった。連絡待ってるね。おやすみ」
私はそう言って車のドアに手をかけると、逆の手を鷹緒さんが掴んだ。
振り返ると、鷹緒さんの顔が近付いてくる。私はとっさに身体を強張らせた。
「……嫌?」
苦笑する鷹緒さんに、私は首を振る。
「ううん……」
「じゃあ目閉じて」
言われたとおりにすると、鷹緒さんの唇が口に触れた。愛しい――。
夢心地の中で、鷹緒さんの顔が離れる。
「おやすみ」
「……うん。おやすみなさい……」
私は胸の高鳴りを抑えつつ車を降りると、とっさに振り向いた。鷹緒さんはまだ私の姿を見送ってくれている。
どうしよう。離れたくない……そう思って、私はもう一度、車のドアを開けた。
「どうした? 忘れ物?」
優しく尋ねられても、私は答えが見つからず、今度は私からキスをした。
離れた鷹緒さんの顔は、少し驚いているみたい。軽い女だと思われたら嫌だな……と思うと、途端に後悔した。
そんな私を察するかのように、鷹緒さんは軽く私を抱きしめ、優しげな表情で私を見つめる。
「今日もうち泊まっていく?」
明日は早いと聞いているが、そう聞いてくれた鷹緒さんに、私は嬉しくもあり辛くもあった。鷹緒さんの邪魔にはなりたくない。
私は笑顔に戻って首を振った。
「ううん。無理しないで。なんでもないの。急にごめんね……」
「……べつに無理なんかしてないけど」
そういう鷹緒さんも、次の言葉が見つからないようで、もしかしたら私と同じように寂しさを感じてくれてるのかな、なんて思うと、途端に元気になった。
「本当になんでもないの。じゃあまたね。おやすみ」
今度こそちゃんと降りて、私は手を振って鷹緒さんを見送った。
どんどんのめり込んでいく私がいる。それが嬉しくもあり怖くもあった。
「離れられないよ……」
一人暮らしのマンションに帰ると、私はバッグを投げ出してソファに座った。すると、バッグの中の携帯電話が震えているのに気付く。液晶画面には、鷹緒さんの名前があった。
「も、もしもし! 鷹緒さん?」
『ああ。おまえ、忘れ物あるだろ。下にいるから取りに来いよ』
「え? 嘘……なんだっけ」
そう返事をする途中には、電話は切られていた。バッグを探ってみても、特になくなっているものはない。もしかしたら会いたい口実かななんて思って、もう一度鷹緒さんに会えるならと、私は嬉しさいっぱいでマンションの下へと下りていった。
「はい。映画のパンフレット」
鷹緒さんは、本当にあった私の忘れ物を差し出してそう言った。口実じゃなかったと、ちょっと残念な自分の気持ちが贅沢に思えて、私は苦笑する。
「ありがとう……」
「っていうのは口実で……」
「え?」
「もう一回会いたかっただけ」
苦笑する鷹緒さんがとても愛しく思えて、私は泣けてきてしまった。
「鷹緒さん……やっぱり鷹緒さんちに泊まりたい」
明日が早いことなどお構いなしに、私はそう切り出した。自分から誘うのも恥ずかしくて、私の顔は真っ赤だったと思う。
困った顔をするかな……と、恐々と顔を上げると、目の前の鷹緒さんは少し顔を赤らめた様子で、優しげな笑顔を向けてくれている。
「じゃあ、急いで支度してこいよ」
「……いいの? だって明日、早いんでしょう?」
「だから俺は構わないって。俺に合わせて早く起きなきゃならないおまえのが心配だけど……」
私は嬉しさに顔を綻ばせ、急いで車のドアに手をかけた。
「ご、五分……ううん、三分で支度してくるから!」
そう言って、私はマンションへと戻っていく。
嬉しくて仕方がない。そう、鷹緒さんはいつだって、私のことを考えてくれているんだよね。そう思うと、今まで以上に胸が高鳴る。
鷹緒さん……鷹緒さん……鷹緒さん……。
もう何度呼んでも、鷹緒さんはいつでも私に振り向いてくれるんだよね?
大急ぎで支度をして車に戻ると、変わらぬ笑顔を向けてくれる鷹緒さんが待っていた。
「沙織。準備オーケー?」
「うん!」
「よし、行こう」
もう離れられない――私たちはそのまま、鷹緒さんのマンションへと向かっていった。
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音