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FLASH BACK

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14. 彼女の特権



 ある日の夜。鷹緒は早めに仕事を切り上げて、自宅で商売道具であるカメラの手入れをしていた。沙織にも連絡を入れたが、今日はモデル仲間と食事に行く約束をしていたらしいので、会えないらしい。
 このところ時間が合えば会っていた日々が続いていたので、沙織の顔を見ない日が久しぶりで少し寂しい気もしたが、長年の一人暮らしに慣れているため、快適な一人での時間の過ごし方が身についている。
 先日開けたワインを片手に、テレビをつけながらソファの定位置に座ると、鷹緒はいくつかのカメラレンズの手入れを始め、目の前に置いたノートパソコンで同時進行に仕事を始める。もう外には出ない戦闘態勢でもある。
 そんな時、部屋のチャイムが鳴った。こんな時間にオートロックのマンション玄関を越えて訪ねて来るのは数えるほどしかいないため、鷹緒はインターフォンの受話器すら上げずに、ドアを開けた。
「はい」
 目の前には沙織がいる。案の定というべき顔だが、沙織が連絡なしでこうして訪ねて来るのは初めてだ。
「来ちゃった……」
「どうぞ」
 何も聞かずに、鷹緒は沙織を部屋に上げた。沙織はいつもより明るくふるまっており、かすかに酒の匂いもする。
「急に来たのに、怒らないの?」
「なんで? 部屋の鍵まで渡してるのに」
「……抜き打ちの意味がない」
 そんな沙織に、鷹緒は苦笑した。
「これ、抜き打ちチェックなんだ? じゃあどうぞご自由に探ってください」
 おどけた様子で言いながら、鷹緒はどんどん部屋の奥へと入っていくので、沙織もそれに続く。
「あ、やっぱり仕事してた」
 テーブルの惨状を見て、沙織が苦笑する。そんな沙織を尻目に、鷹緒はソファに落ち着いた。
「仕事ってほどじゃないよ。それよりおまえ、酒飲んでるだろ? 弱いくせに……水でも飲んだら?」
「うん。でもほんのちょっとだけだよ」
「なに? 酒でも引っかけないと、ここに来られないわけ?」
 早速キッチンで水を飲む沙織に、鷹緒は悪戯な目でそう言った。
 沙織はそれを聞いて目を逸らしながらも、約束なしでここに来て、こうして話せることが嬉しくて興奮すら覚えている。
 コップの水を一気に飲み干すと、沙織は鷹緒に駆け寄り抱きついた。酔うほどに飲んでいないが、ほんの少しでも酒の力を借りている部分もある。
 鷹緒も沙織を受け止めると、そのままソファに寝そべった。
「なんかそそのかされて来たんだろ?」
 そう言った鷹緒に、沙織は目を丸くする。
「え?」
「おまえがアポなしで来るなんて初めてじゃん。酒の力まで借りちゃって」
「そそのかされたわけじゃないよ。でも麻衣子が、たまにはアポなしで行っちゃえとか言うから……」
「それがそそのかされたことにならないの? おまえの意志じゃないじゃん」
「そうだけど……」
「でも俺はやましいことしてないし? こうして会えたんだから、麻衣子に感謝しないとな」
 素直な鷹緒に、沙織は嬉しさを感じながら抱きついた。
「鷹緒さんじゃないみたい」
「なんでだよ。俺は素直に喜んでるぞ?」
「うん」
「でも、食事に行ったにしては早かったな」
 話題を変えた鷹緒に、沙織は鷹緒の横に転がって頷く。
「明日は麻衣子、仕事がすごい早いんだって」
「ふうん」
「あ、そうだ。この間ケース買ってくれたからカメラ持ち歩いてるんだけど、あのカメラあんまり写り良くないよ?」
「嘘? 撮り方がうまくないだけじゃねえの?」
「失礼だなあ」
 そう言うと、沙織は起き上がって自分のバッグを探り、ジュエリーのついたカメラケースを取り出して、鷹緒に渡した。
 鷹緒もまた起き上がると、ケースからコンパクトデジタルカメラを取り出して再生する。
「ほら、たとえばこれ。さっき飲み屋で撮ったんだけど……」
 沙織が差す写真は、数人のモデルたちが大騒ぎしている様子だが、ブレている上に赤目になっている。
「おまえ……カメラの性能以前に、飲み屋でフラッシュ焚くなよ……」
「しょうがないじゃん。勝手についちゃうんだから。それにどこで撮ってもブレブレなの」
 すると突然、鷹緒がカメラを構えて、沙織を撮った。
「もう。いきなり撮らないでよ……」
「べつにブレてないじゃん」
 たった今撮った写真を見せて言う鷹緒に、沙織は驚いて鷹緒を見つめる。
「あれ? 本当だ……って、鷹緒さんはきっとプロだからだよ」
「あのな、今のデジカメなんて、放っておいても綺麗に撮れるようになってんの。構えてみろよ」
 鷹緒に渡され、沙織はカメラを構える。
「写真嫌いなのに撮らせてくれるの?」
「べつに俺じゃなくて、部屋でも撮ればいいだろ」
 そうこう言っているうちに、鷹緒はカメラを構えた沙織の手を掴んだ。
「やっぱり鷹緒さんのこと、撮らせてくれないんだ」
「そうじゃなくて……そんなもん、ブレんの当たり前だろ」
 眉をしかめながら、鷹緒は沙織の構え方を正す。沙織は片手の親指と人差し指だけで構えているだけだ。
「え、これじゃあ駄目なの?」
「アホか。脇締めろ。ちゃんと掴め。なんなら両手で構えろ」
 すっかりスパルタ化した鷹緒に、沙織は焦りながら構えを直した。
「だって……軽くて小いから適当に持ってもいいものだと……」
「片手で持つのはいいけど、ド素人なんだから邪道な構え方すんなよ……おまえにはまだ早かったかな」
 誕生日プレゼントであげたものだが、機械音痴の沙織にしては性能が良すぎるものを選んでしまったのかと、鷹緒は少し後悔した。もっとも沙織がここまで機械に疎いとは、鷹緒自身も知らなかったことだ。
 だがそれを悟ってか、沙織は口を曲げる。
「早くないもん。私だって写真が趣味とか言えるような人になりたいし」
「べつに俺は趣味じゃねえけど……」
「鷹緒さんのことじゃなくて、モデル仲間も写真が趣味な人結構いるし……きっと私、被写体に恵まれてないんだよ。彼氏は撮らせてくれないし」
 大っぴらに文句を言う沙織に、鷹緒もまた口を曲げると、立ち上がった。
 それが沙織には怒っているように見えて、焦って立ち上がる。
「ごめんなさい。本気で言ったわけじゃないし……」
 そんな言葉を背中で受けて、鷹緒は隣の部屋に繋がるドアの鍵を開けて振り向いた。
「本気じゃねえの? いいよ。撮りたきゃ撮っても」
「え?」
 そう言う鷹緒は、隣のWIZM企画所有の部屋に入ると、電気を点けてリビングの天井にかけられた背景スクリーンを下ろす。それだけで、そこは一気に写真スタジオと化していた。
 淡々と撮影準備を始める鷹緒を前に、沙織は自らのカメラを持ったまま、もじもじしながら部屋と部屋の間に立ち止まっている。
「こっち来て」
 促されるままに、沙織は鷹緒の前に立った。
「立ったままでいい?」
「う、うん……」
 お互いに気恥ずかしさもあったが、沙織はそれに嬉しさも交じっていた。そのシチュエーションに思わず顔が綻んでしまい、目の前の鷹緒を直視出来ない。
「じゃあ、どうぞ」
 そう言う鷹緒だが、沙織は緊張と恥ずかしさで撮影を始める気にはならなかった。
「どうぞって……威圧感ハンパないんですけど」
「そう? じゃあその気にさせてよ」
「え? うーん……いいよ、いいよ。カッコイイよ」
「どこのエロカメラマンだ」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音