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13. 成人式の朝



 成人式当日――まだ夜が明けるのも大分遠い真夜中、WIZM企画所有の地下スタジオでは、早くもスタッフ陣が集まり始めている。そんな中に鷹緒もやってきた。
「おつかれさま……」
 寝起きでまだ不機嫌そうな鷹緒だが、それとは対照的に、スタジオ内は活気に満ち溢れているほどスタッフが機敏に動いていた。すでにフロアの部分には、普段は出していないパーテーションの仕切りなどが組まれつつあり、撮影スペースが二ヵ所出来ている。
 今日は成人式のため、WIZM企画にとっては稼ぎ時というべき日だ。プロのカメラマンが二人おり、モデル部関係はメイクやヘアメイク、着付けまでも幅広く手掛けることとなっている。そのため今日は社員だけでなく、アルバイトから契約美容師までが集められていた。
「鷹緒さん。撮影スペース、こんな感じでいいですか?」
 スタッフに聞かれ、鷹緒は頷いた。
 普段は広いワンフロアだが、今日は二つに区切って俊二と二人、同時進行で別々の撮影をすることになっている。俊二はすでにおり、自分のスペースとなる場所で機材を並べているようだ。
「うん、ありがとう。あとはこっちでやるよ」
 そう言うと、鷹緒は自分が手掛ける撮影スペースの設営を始める。とはいえ慣れた場所のため、それはすぐに終わってしまい、その頃にはフロアも一通りの準備が出来上がってしまったために、鷹緒は自分のアトリエスペースへと入っていった。そこは一般客を迎えるには使いようもないスペースでもあり、鷹緒の場所という認識もスタッフにあるため、こんな忙しい日でも他人に侵されることのないスペースとなっている。
 そこに入るなり煙草に火を点けると、鷹緒はソファに座って早朝から始まる撮影予約の資料を見つめた。
 その時、半分ほど開けていたアコーディオンカーテンの仕切りから、俊二が顔を出した。
「鷹緒さん。今日のスケジュールと人員配置図、修正した最終版です」
 俊二はそう言って入ってくると、鷹緒に今日の資料を差し出す。
「サンキュー」
 資料を受け取るなり、鷹緒は目を通した。どの部署も今日は目が回るほど忙しいらしい。
「俊二……」
「はい」
「……に言っても駄目か」
 何かを言いかけてやめたので、俊二は少し傷付いて口を開く。
「なんですか?」
「いや、おまえに言うことじゃなかった。誰か空いてる人間いないよな?」
「何かの買い出しとかですか?」
「違うよ。今日は手伝いのバイトも多いだろ。でもこのスケジュールだと決まった休憩がないから……俺もおまえもそこまで気が回らないだろうから、誰かに言っておきたいだけ」
「だったら受付に牧ちゃんがいますから、あとで言っておきます」
 俊二は苦笑してそう言った。鷹緒はスタッフに対して義務感や優しさはあるのだが、撮影が始まってしまえば、そこまでの気遣いは出来ない。それは自分もそうであったが、始まる前からそこまで考えている鷹緒に、俊二はまた尊敬の念を抱いた。
「今日は牧もこっちなんだ? 事務所大丈夫かよ?」
「午前中はこっちのほうが忙しいので……でも昼には事務所に戻るそうです。牧ちゃんに言っておけば、スタッフに声掛けして休憩の手配取ってくれますよ」
「そうだな。じゃあ言っといてくれ。他から呼んでる人間に、休憩なしじゃ申し訳ないから」
「わかりました」
 その時、アコーディオンカーテンの仕切りから沙織が顔を覗かせた。そこから見える上半身はすでに着物であり、髪も和装でメイクまで終えている。
「おう……あれ、もうそんな時間?」
 そう言いながら、鷹緒は腕時計を見つめた。今日は新成人である沙織や麻衣子もこちらでメイクなどを行い、成人式の他に事務所を通したイベントなどをこなさねばならない。一般客も早朝から予約を受けているため、沙織たちはその前に来るとは聞いていたのだが、沙織たちの準備が整っているならば、鷹緒にも時間はないことになる。
「ううん。私、実家で着付けして来たから、ここでメイクと髪やってもらっただけなの。麻衣子は着付けからだから、まだやってる」
「そう。入れよ」
「じゃあ、僕はこれで」
 軽く打ち合わせを終えた俊二は、気を利かせてということもあり、早々に立ち上がる。振り向いた先にいた沙織は、振り袖姿で輝いて見えた。
「わあ、沙織ちゃん。すごい綺麗だよ」
「ありがとうございます」
 思わずそう言った俊二に、沙織ははにかんで微笑む。
「ね? 鷹緒さん」
 自分が立って遮っていたことに気付き、俊二は横にずれて、鷹緒から沙織を見えるようにした。
 しかしソファから見上げる鷹緒は、なぜか苦笑している。
「うん。馬子にも衣装」
「ちょっと鷹緒さん。もう少し言いようが……」
「おまえが先に、褒め言葉取るからだろ」
「あはは。そういうことですか……じゃあ僕、さっきの話を牧ちゃんに伝えてきます」
「ああ、よろしく」
 去っていく俊二を尻目に、鷹緒は沙織を手招きする。だが、沙織も拗ねるように口を尖らせていた。
 そんな沙織を見て、鷹緒は苦笑して立ち上がる。
「なんか飲む?」
「ううん。せっかくメイクしてもらったから……」
「そうか」
 鷹緒はいつも通りの様子で沙織を横切り、カップにコーヒーを注ぐ。そして振り向くと、未だ口を尖らせている沙織に首を傾げた。
「なんだよ?」
「だって……どう?」
「どうって……」
 両手を広げて振袖を見せる沙織に、鷹緒はその場でコーヒーを飲みながら俯く。それは沙織にとって、鷹緒が面倒くさそうにも興味なさそうにも見えて、悲しくなった。
「……めちゃくちゃ可愛い」
 やがてそう言った鷹緒は、まるで少年のように頬を赤く染め、照れるように微笑んでいる。そこで沙織は、そのそっけない態度が照れ隠しだったということを初めて知って、自らも赤くなった。
 鷹緒は飲み終えたカップをシンクに置くと、赤くなる沙織をもう一度見つめた。着物姿がまた珍しく、それが目を引き、赤く熱くなった顔を手で仰ぐ姿も愛しく映る。
「ヤバイ……一気に眠気吹っ飛んだ。すごい興奮する」
 何も言わない沙織に、鷹緒が続けてそう言ったので、沙織は首を振った。
「な、なに言ってんの? 恥ずかしいこと言わないで……」
「じゃあ俺の前に来んなよ。襲うぞ」
 目を逸らしながら苦笑する鷹緒の手を、沙織が慌てて掴んだ。
「そんな急に突き放した言い方したら嫌だよ……」
「じゃあキスしていい?」
「……駄目。メイク落ちるから」
 突き放しているのは沙織のほうであると思いながら、おあずけをくらった鷹緒は、行き場のない唇を沙織の手の甲に押し当てた。だがそれは沙織にとっても、十分に興奮を覚える行為でもある。
「鷹緒さん……」
 うっとりとして潤んだ目の沙織を、鷹緒はこれ以上見れずに目を逸らす。代わりに沙織の耳元へ顔を近付けた。
「成人おめでとう。近いうちお祝いしよう。なにか欲しい物考えておけよ」
 それを聞いて、沙織は首を振った。
「ううん。誕生日にお祝いしてもらったし、私は物より鷹緒さんと一緒にいられるだけで幸せだから」
 いじらしいくらいの沙織の態度に、鷹緒はそっと手を差し出す。
「じゃあ今晩会える? お互い疲れてるだろうけど、俺も一緒にいられるだけでいいんだけど」
「うん!」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音