FLASH BACK
12. 続・未知数のカノジョ
第三話「未知数のカノジョ」より次の日――。
その日、沙織は早朝からの仕事でクタクタになりながらも、夕方前に仕事を終えるや否や、鷹緒に電話を掛けた。今日の鷹緒は珍しく何もない休日だと聞いているが、そんな時に限って自分に仕事が入っていることがもどかしい。
『はい』
受話器の向こうから、低い鷹緒の声が聞こえる。
「あ、鷹緒さん? 沙織です」
『ああ。終わった?』
「うん。今から出るところ」
『じゃあ事務所近くの本屋にいるから来られる?』
「ああ、あの大きな本屋さんね? わかった」
沙織は電車に飛び乗ると、鷹緒が待つ本屋へと向かっていった。電車に揺られている間、逸る気持ちを抑えきれずにいる自分に照れてしまう。
しばらくして、鷹緒が待つという本屋に入ってみたものの、大きな本屋のため、その姿は簡単には見つからない。だが鷹緒がいそうなところを探していると、フォト雑誌コーナーに一際背の高い人物に釘付けになった。
「鷹緒さん……」
そう言って駆け寄ろうとした時、鷹緒はやってきた二人組の女子高生に声を掛けられていた。
「諸星さんですよね?」
言われた鷹緒も、驚いて女子高生を見つめる。面識はないようだ。
「……そうですけど」
「やっぱり! BBの番組に出てましたよね?」
「ああ……」
思い当たる節があり、鷹緒は苦笑しながら目を逸らす。最近、人気歌手グループBBの冠番組に出たおかげで、こうして知らない人に声を掛けられることもよくあった。
「やっぱり。超カッコイイ! 握手してください!」
「俺、素人なんだけど……」
「全然いいです!」
大声の女子高生たちを気にして、鷹緒は早く終わらせようと、手を差し出した。
そのまますぐに女子高生たちは去っていったが、鷹緒は視線を感じて振り返る。するとそこに沙織がいたので、鷹緒は苦笑した。
「おつかれ」
「おつかれさま……やっぱりモテてる」
口を尖らせる沙織に、鷹緒は笑いながら溜息をつく。
「あれがモテてるとか言うんだ? やっぱBB効果はすごいな……」
そう言いながら目の前のフォト雑誌をカゴに入れ、今度はカメラ関係の書籍コーナーへ向かう。鷹緒の持つカゴにはすでにたくさんの本が入っている。沙織はそのまま黙ってついていった。
「……怒ってる?」
沈黙の鷹緒に、沙織が静かにそう尋ねる。
「怒ってるのはそっちだろ?」
そう言われて、沙織は俯いた。仕事を終えてやっと会えたというのに、自分の一言で雰囲気を悪くしてしまったことが、たまらなく悲しい。
その時、沙織の目に「監修・諸星鷹緒」の文字が映った。
「鷹緒さん!」
突然大声を出した沙織に、隣にいた鷹緒は驚いて沙織を見つめる。
「なんだよ……静かにしろよ」
「ごめんなさい。だって、これ……」
声をひそめながらも、沙織はその字が書かれた本を指差した。写真撮影の基礎が書かれているハウツー本のようだ。
「ああ……どうしてもって言われてやったことあるけど、結構前だよ? それに本なんて書けないから、技術面での監修だけっていう仕事だけど。ほら、著者は違う人だろ?」
週刊や月刊のフォト雑誌でもそういう類の仕事はよくあるため、鷹緒にとっては珍しくもない。
「でもすごい……」
「そう? おまえのすごいは聞き飽きた」
まるでハードルが低いかのように、沙織は鷹緒をおだててくる。そんな沙織に、鷹緒はただ笑ってやり過ごすと、更にいくつかの本を手に取って会計を済ませた。
「何食べる?」
本屋を出るなり、鷹緒がそう尋ねた。
「なんでもいいよ」
「うーん。俺、和食な気分なんだけど」
「いいね。私もそういうの食べたい」
さっきまでの気まずさはどこへやら、二人は笑いながら鷹緒行きつけの日本料理屋へと向かう。事務所近くのため手などは繋げなかったが、二人きりで食事出来るだけで沙織も満足だ。
「髪切ったんだね」
少し雰囲気の変わった鷹緒に、沙織が言った。
「ああ。さすがに伸びきってたから」
「荷物多いけど、久々のお休みだったのに、ちゃんと休めたの?」
「うーん。午前中はたまってた洗濯物片付けて、午後は事務所寄ってちょっとだけ仕事して、あとは美容院と買い物かな。新しいカメラレンズとか欲しかったから……おまえは?」
「私は普通の撮影だから、特に変わったことはないかなあ。あ、でも今日は綾也香ちゃんと一緒の撮影だったんだ。やっぱりカリスマモデルって違うね。麻衣子もそうだけど、立ち居振る舞いっていうのかな……ポーズとか、何をしても可愛くて勉強になる」
「ふうん?」
沙織の話に耳を傾けながら、鷹緒は軽く笑みを零して食事を続ける。目の前で嬉しそうに話す沙織が可愛いとも思う。
「そういえば、鷹緒さんも歩き方とか姿勢とかカッコイイよね。なにかレッスンとか受けたの?」
純粋にモデルとしてのあり方を聞いている沙織を前に、鷹緒も真面目な顔をした。
「レッスンってほどじゃないけど、特訓はさせられたよ。三崎さんからね」
またも出てきた鷹緒の師匠である三崎さんという人は、沙織自身はまだ一度も会ったこともなく、遠い存在である。
「三崎さんってすごい人なんだね。鷹緒さんにモデルになってもらいたかったのかなあ」
「うーん……というより、俺が悩んでたの知ってたから、いろいろやらせてたって感じはあると思うけど……おかげで今となっては本当に勉強になったと思ってるけどね。当時は大変だったよ」
苦笑する鷹緒だが、どこか嬉しそうにも見え、沙織も微笑んだ。
二人は食事を済ませると、レジへと向かう。
「払ってるから、先出てろよ」
前の客でレジが詰まっていたので、鷹緒は沙織にそう言った。沙織は頷くと、一人外へと出る。明日は沙織のほうが休みなので、今日はこのままお泊りコースでいいのだろうか……と思うと、不覚にも顔が綻ぶ。
「小澤沙織だ!」
その時、そんな声とともに、通行人の男性四人組が声を掛けた。沙織もモデルの端くれとしてよくあることだったので、とっさに頭を下げる。
「どうも……」
「うわー。生の沙織ちゃん、めっちゃ可愛い! 握手してもらってもいいっすか?」
「あ、はい……」
鷹緒のことが気になったが断るわけにもいかず、沙織はその男性たちと握手をする。
「一人じゃないよね?」
突然そう聞かれたので、沙織は頷いた。
「はい、あの……事務所の人と一緒で」
聞かれてもいなかったが、言い訳でもするように沙織が答える。
「写真も一緒に撮ってもらってもいい?」
「写真ですか……」
沙織は考えた。その場によって答えることは違うのだが、今は撮ってほしくないと思う。
そこに、鷹緒がやってきた。
「お待たせ……」
鷹緒の登場に、男性たちは沙織を見つめる。
「この人が会社の人? 彼氏なんじゃないのー?」
からかうように言う男性たちに、沙織は目を泳がせる。だがそんな沙織の前に、鷹緒の手が遮る。見ると鷹緒は、男性たちに名刺を差し出していた。
「どうも。WIZM企画プロダクション企画部の諸星です。うちのタレントが何か?」
笑顔でも強気な態度の鷹緒に、もはや男性たちも突っ込む隙すらない。
「ああ、本当に会社の人だったんスか……いや、ごめんね。俺らファンだから、これからも応援してるよ」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音