FLASH BACK
「いや、期待されても何もないぞ?」
「べつにいいもん」
それでも何か期待している様子の沙織に、鷹緒は小さく息を吐く。恋愛が初めてのわけではないが、戸惑う部分は多く、沙織が望むことをしてやれるかの自信がない。
黙り込んだ鷹緒を不安に思いながらも、沙織は静かに微笑んだ。
「鷹緒さん。なんにもいらないから、イブの夜は一緒にいてね?」
その言葉に救われるように、鷹緒はしっかりと頷く。
「わかった」
それから数週間後。街はクリスマスムード一色で、今日はイブというだけあり、恋人たちで溢れ返っていた。
そんな街の一角にある地下ライブハウスでは、WIZM企画の社員たちがパーティーの準備をしていた。
「万里ちゃん、そこの壁に飾りつけお願い」
「はい」
牧と万里が主力で動いているが、すでに飾り付けもクリスマスらしくなり、あとは人を待つだけである。
そこに、鷹緒がやってきた。
「おつかれー」
「あ、鷹緒さん。おつかれさまです」
受付にいた牧が出迎える。
「事務所行ったら誰もいねえし」
「今日はみんな直接ここに来るから、定時で閉めるって言ったでしょう? 一応、電話は転送してますけど」
「ったく、どんな事務所だ」
苦笑しながら、鷹緒はコートを脱いだ。
「こんな事務所ですよ。社長がそうしろって言うんだからいいんです」
「その社長は?」
「モデル班についてってるので、後から来ます」
「そう。結構いい店じゃん。よく貸し切れたな」
店内を見回して、鷹緒が言う。
「そうでしょう? いろいろ知人を伝ってやっと押さえたんです。とはいっても、もうすぐ改装されるらしくて、あんまりお客さんも入ってなかったとかで」
「へえ? で、なんか手伝うけど」
「その前に会費ください」
「ハイハイ……」
それから数十分後。暇を持て余してテレビに見入っていた企画部の社員たちのもとに、パラパラとモデル部の社員たちがやってくる。
「おつかれさまです。お待ちかね!」
「やあ、遅くなったかな? 副社長たちは後処理で後から来るって。そんなに遅くならないと思うよ」
そう言った広樹の後ろには、沙織がいた。沙織は鷹緒を見つけるなり駆け寄る。
鷹緒は部屋の隅に座り、書類を広げている。
「鷹緒さん」
「おつかれ。おまえ一人?」
「うん。モデル仲間がいるとうるさいだろうからって、ヒロさんが隠すように連れてきてくれた」
「そう」
「鷹緒さんは、また仕事ですかー?」
「だっておまえら遅いんだもん……とはいえ、時間通りか」
そう言いながら、鷹緒は仕事の書類をしまう。
その時、テーブルの上にあった鷹緒の携帯電話が震えた。沙織の目にも“石川理恵”の文字が映る。
「もしもし?」
鷹緒は気に留めず、電話の相手が理恵と知って、警戒心もなくそう応じた。
「ああ、オーケー。じゃあ万里に行かせるから、予定通りな」
それだけを言って電話を切ると、鷹緒は不満げな沙織の顔を見て首を傾げる。
「なに?」
「なにって……」
鈍感なまでの鷹緒に膨れる沙織だが、鷹緒は苦笑して、そんな沙織の膨れた頬をつつく。
「始めるぞ。ちょっと席外すけど、ここで待ってな」
そう言うと、鷹緒は慌ただしく受付にいる牧と万里のもとへと駆け寄り、その後、広樹の腕を取った。
「社長、始めようぜ」
「待てよ、鷹緒。理恵ちゃんたちがもうすぐ来るから、それまで……」
「みんなお待ちかねなんだよ。それにおまえは話が長いんだから、さっさと開会のあいさつ始めてくれる?」
鷹緒と広樹の会話に、周りの社員たちも笑う。
「そうですよ、社長。もうおなかペコペコ」
「副社長と俊二さんには悪いけど、それこそすぐ来ますって」
社員たちの言葉に後押しされ、広樹はステージへと上がり、マイクを掴んだ。
「じゃあ、まだ二人来てないけど、始めようか」
「イエーイ!」
早速盛り上がる中で、広樹は口を開く。
「えーと、みんなおつかれさま。今年は社員旅行に続き、クリスマス会まで出来て幸せを感じています。みんな忙しいのにこれだけのことやってくれて、この会のために頑張ることもあって、やっぱイベントは大事なんだなって感じました。だから……」
その時、出入口のドアが万里によって開けられると、そこには大きなケーキを持った、理恵と俊二がいた。
「おお! もう二人が来てくれた。そんなに大きなケーキ、どうしたの!」
驚いている広樹の横から、鷹緒がマイクを奪った。
「はい、社長の長い挨拶はこのくらいにして。社長、ちょっと遅くなったけど、誕生日おめでとうございます!」
「おめでとうございまーす!」
鷹緒の掛け声と同時に、社員たちがクラッカーやらを広樹に向けて放つ。ステージ前に置かれた大きなケーキには、クリスマスの飾り付けではなく、「ひろきくん、おたんじょうびおめでとう」という、バースデイメッセージの装飾が施されている。
十二月十日が誕生日だった広樹に、社員たちからのサプライズだった。当日は鷹緒たち数人と飲んでいたのだが、忙しい時期ということもあり、こうして大勢に祝われるのは本当に久しぶりのことだ。
「え、なにこれ……」
「みんな労ってんだよ。今日はクリスマスパーティーならぬ、おまえの誕生パーティーってわけ」
驚く広樹に、鷹緒が説明する。
そうしている間に、大きなケーキにロウソクの火が灯され、誰からともなくハッピーバースデイの歌が始まる。
やがて歌が終わり、広樹はロウソクの火を消して、全員から拍手が湧き上がった。
「もう、なんだよみんな……びっくりした」
広樹は驚きながらも嬉しそうに笑い、社員たちも満足げに笑う。
「じゃあ、こっから先は正真正銘のクリスマスパーティーだから。はい、グラス持って」
すっかり司会の位置になってしまった鷹緒だが、鷹緒も満足げに笑いながら、グラスを掲げる。
「みんなグラス持った? じゃあ、今日も仕事おつかれさま。メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
やがて談笑が始まり、鷹緒はやっと沙織の元へと戻っていく。
「もう。ヒロさんの誕生日サプライズだっていうなら、言っておいてくれればよかったのに……知らなかったの、私とヒロさんだけなんておかしいよ」
未だ膨れ面の沙織に微笑みながら、鷹緒はシャンパンに口をつけた。
「言い忘れてたのもあるけど、おまえは顔に出るしな……いいじゃん。ヒロだけじゃなくて、もう一人びっくりしてくれた人がいたってことで」
「もう。でもいいや。ヒロさんが感激してる姿、私も嬉しかったし」
「ああ。なんか食べる? 取って来てやろうか?」
料理に群がる社員たちを見て、鷹緒が言った。
「ううん、大丈夫。自分で行けるし……でも、今日は恵美ちゃんいないんだね?」
他に家族連れがちらほらいるので、沙織は辺りを見回して尋ねた。カマをかけている部分もある。その質問に答えられたならば、鷹緒は未だに理恵と仲が良く、そんな話をしているのだと推測出来るだろう。
「ああ、今日は友達の家でパーティーやって泊まるんだってさ」
試されていることも気付かず、鷹緒は軽くそう答えた。途端に沙織の表情が暗くなる。
「そうなんだ……」
「うん」
「……」
「……なんだよ。また変なことで落ち込んでる?」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音