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FLASH BACK

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 一種の地雷を踏んだことにもまるで気付かない鷹緒に、沙織は顔を顰めた。
「変なことじゃないよ! でも……もう帰る」
 一気に血が上ったように、沙織は置いていた自分のバッグを掴む。
 その手を、鷹緒が強く握った。
「待てよ」
「痛い」
 ざわついている会場で、鷹緒と沙織がそんな険悪な雰囲気になっていることには、誰も気付かない。
 鷹緒は溜息をつくと、沙織を連れて会場の外へと出ていく。地下から地上に続く狭い階段の下で、二人は見つめ合った。
「なんなんだよ。言いたいことがあるなら、はっきり言え」
 眉間にしわを寄せながら言う鷹緒に、沙織も意地になって口を曲げる。
「どうしてそんな命令口調なの?」
「おまえがわけのわからんことで、一人で勝手に怒ってるからだろ」
「怒ってるのはそっちじゃない!」
 平行線の会話に、鷹緒は溜息をついた。
「……わかった。よくわかんないけど、俺が悪いなら謝る。ごめん」
「なに、その言い方……」
「言っただろ? 俺は欠陥人間なんだ。言ってくれなきゃわかんないんだよ……おまえとこんなくだらないことで、喧嘩なんかしたくない」
 素直に謝る鷹緒だが、沙織にとってはくだらないことではないため、そこで許す気にはなれずに口を尖らせる。なにより、もう一歩も引けないほど意固地になった自分がいる。
 何も言わない沙織だが、思い巡らせて口を尖らせる姿さえ可愛く思えて、鷹緒は苦笑した。
「……なに笑ってるのよ。怒ってるのに……」
 一方で素直になれない沙織は、続けてそう言った。
 鷹緒は苦笑しながら、沙織の髪を撫でる。その顔は、もはやいつもの優しい鷹緒だ。
「だっておまえが可愛いから……」
 その言葉に、沙織は赤くなって俯いた。
「ずるいよ……そんなこと言って丸め込もうとして……」
「事実じゃ駄目なの? 言ってみろよ。なんで怒ってるんだ?」
 そう言った鷹緒の手を、沙織はそっと取る。
「……ごめんなさい。血が上ってた」
「いいよ。言って」
「……時々、心がグサッてなるの。鷹緒さんの電話に理恵さんから着信が来たり、仲良さそうな姿見たり、恵美ちゃんの今日の予定まで知ってる鷹緒さんが、ちょっと遠い人みたいで悲しい……」
 それを聞いて、鷹緒は溜息をついて頷いた。面倒な部分もあるが、理恵のことをすべて無に出来るほど離れていないのは事実だ。
「……うん」
「わかってるんだよ。電話はヒロさんのサプライズのためだったし、恵美ちゃんのことだって心配で聞いてたんだよね。わかってるけど……」
 頭がぐちゃぐちゃしているような沙織を、鷹緒は抱きしめた。鷹緒の腕の中で、沙織は涙を流す。
「ごめんなさい……こんなこと、言いたくなんかないのに……」
 泣いている沙織の髪を撫で、やがて鷹緒は沙織を離すと、ジャケットの内ポケットに入れていた小さな箱を、沙織の前に差し出した。
「……え?」
 何をしているのかわからずに、沙織は涙目のまま鷹緒を見上げる。そんな鷹緒は、優しい目で微笑んでいた。
「クリスマスプレゼント」
「……嘘。期待しても何もないって言ってたのに……」
「期待に応えられるようなもんでもないけどな」
 苦笑している鷹緒から小箱を受け取ると、沙織はその箱を開けた。すると中には、シンプルながらも綺麗な石のついたネックレスが入っている。沙織は驚いて鷹緒を見つめた。
「これ……」
「アクセサリーは苦手分野なんだけど……こんなんで大丈夫?」
 思わぬ鷹緒のサプライズに、沙織の目からまた涙が溢れた。
「もう、鷹緒さん……ずるいよ」
「気に入らなかった?」
「違うよ。嬉しい……ありがとう、鷹緒さん。ごめんね……私、まだ子供だね」
 抱きついた沙織に、鷹緒も抱き返す。
「俺は焦ってないよ。おまえが子供だとも大人だとも思ってない。でも、いつかこういう些細な心配事もなくなるような関係が築けたらいいんじゃないか?」
「うん……うん……」
「俺は不安材料しか持ってないけど、愛想尽かさずそばにいて」
「うん、私も……私のことも、見捨てないで」
「ハハ。そんなことしないよ」
 お互いの気持ちを確かめ合うように、二人はしっかりと抱き合った。
「そろそろ戻ろうか」
「うん」
 中に戻った二人だが、先程と変わらず各々が食事をしたり話をしたり、好き勝手にやっているようだ。
「これじゃあクリスマスパーティーじゃなくて、ただの飲み会だな」
 苦笑する鷹緒は、横目で沙織を見つめる。
「でも嬉しいよ。二人きりにもなりたいけど、みんなといるのも好き」
「……今日は家に泊まれよ?」
 鷹緒の言葉を聞いて、沙織は一気に顔を赤らめる。そんな沙織に、鷹緒は不敵に微笑んだ。
「おまえ今、やらしいこと考えただろ」
「違うよ!」
「ふうん? 俺は考えてるけど」
 からかいながらも本気のような鷹緒に、沙織は必死に抵抗しつつも期待に胸を膨らませる。
「嬉し恥ずかしだよ……」
 そんな沙織の言葉に、鷹緒は吹き出すように笑った。
「あはは。なんだそれ」
「ただでさえ、今日はイブで気分が嫌でも盛り上がるのに……」
「日本人って変だよな。ま、八百万の神だから、キリストでも誰でもいいのか」
「そういうこと言ってるんじゃないんだけど……」
「わかってるよ。クリスマスマジックだろ?」
「クリスマスマジック?」
「何もしなくても、いつもより気分が高揚してるから、無防備になったり、相手のこと良く見えたりする日」
「確かにそうかも……」
 鷹緒はグラスのシャンパンを飲み干すと、沙織を見つめた。
「おまえにもかけてやろうか? クリスマスマジック」
「え、どうやって……?」
「うーん。じゃあ、ちょっと待ってて」
 そう言って、鷹緒は広樹のもとへと向かっていく。広樹は招待していた和泉夫妻と、企画部部長の長谷川彰良(はせがわあきら)と話をしているようだ。
 沙織はそこに入った鷹緒を見つめていると、やがて鷹緒を筆頭に、広樹や彰良、和泉までもがステージに上がる。それはまだ、数人の社員しか気付いていない。
 四人はステージ上で何やら打ち合わせでもしているように輪になって話し合っており、やがてステージ上に置かれた楽器を取り出した。
「みんな、楽しんでる?」
 その時、ステージ上の広樹がマイクの前でそう言ったので、一同は広樹を見つめた。
「そろそろ終了時間が迫って参りました。昔、三崎スタジオのクリスマス会では、よく僕たちバンドを組まされていたので、今日は即席ですがサプライズで復活することにします」
 それを聞いて、社員たちは大盛り上がりとなった。
「久々だし、急にやることになったので、このメンバーで弾ける唯一の曲をお送りします。だからアンコールはしないでね。リハもなしにやるなんて無謀だけど……」
 広樹が話している間にも、鷹緒は背を向けて和泉たちと話しており、チューニングでもしているようである。
「マイク一本しかないんで、僕とツインボーカルの鷹緒と一緒に歌います。えー、ドラム・和泉さん、キーボード・彰良さん、ベース・鷹緒、ギター・僕です。それじゃあ、いい? あーもう。こんなことになるなら、一回くらいリハやりたかったなあ」
「こっちは準備いいよ。ぶっつけ本番だから、下手でも見逃して」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音