FLASH BACK
7. クリスマスだからじゃない
「寒っ!」
十一月の終わり頃。会社に戻るなり、鷹緒が身を縮めて言った。
「おかえりなさい、鷹緒さん」
事務員の牧が出迎える。定時も過ぎたというのに、会社にはまだ煌々と明かりがついている。
「ただいまー。いいな、ここあったかくて」
「そんなに外寒いですか?」
「寒いなんてもんじゃねえよ」
「まあ、もうすぐ十二月ですもんね」
「うん」
そんな会話を交わしながら、鷹緒は企画制作部にある自分の席へと向かう。年末に向かっているため、いつも以上に伝言の山がある。
「すごい量だな……」
鷹緒はそう呟きながら、一先ず給湯室へ向かった。するとそこには、同じ部署の君島万里がコーヒーを入れている。
「おかえりなさい、鷹緒さん」
「おう、万里。おまえも残業かよ」
「いいえ。今日は午後出勤だったので遅番なだけです。コーヒー飲みます?」
「サンキュー。飲む飲む」
万里にコーヒーを差し出され、鷹緒はそれを受け取りながら冷蔵庫を覗いた。中にはマジックで「TAKAO」と書かれたエクレアが入っている。昨日自ら買っておいたものだ。鷹緒はそれを咥えながら自分の席へと戻っていき、伝言の束に目を通す。
「ん?」
伝言を整理しながら、新しく事務が用意したスケジュール表を見比べて、鷹緒は出入口のそばにある受付の方向を見つめた。
「牧! このスケジュール、俺のだよな?」
そう声をかけると、受付にいる牧が振り向く。
「はい。昨日出してもらったスケジュールと、こっちで調整したスケジュールを組み合わせた来月の修正版です」
「すげえじゃん。イブに夜だけでも空くなんて久しぶり」
鷹緒がそう言ったのは、いつもは夜遅くまで埋め尽くされているスケジュールが、クリスマスイブから年末にかけて、いくつか空けられていたからである。
「いくつか来年に持ち越しの仕事があったんで、詰めてたら空きました。まあどうせ空けても、鷹緒さんってば勝手に仕事入れちゃうんでしょうけど」
「入れねえよ。今年は彼女も出来たし、イブにデートなんてしたことねえし」
その場には事情を知っている牧と万里しかおらず、鷹緒は無防備なまでにそう言った。
「え? 沙織ちゃん、イブって仕事ですよね?」
「嘘?」
それを聞いて鷹緒は立ち上がると、牧のもとへと向かった。そこでは所属モデルのスケジュールが確認出来る。
「確かそうですよ。麻衣子ちゃんとか由里亜ちゃんとか、うちのトップモデルさんたちはみんなクリスマスショーなんで」
「はあ? 聞いてねえけど。大体、ショーなら俺が駆り出されるはずだろ」
「残念でした。ノーギャラで勝手に行くならいいですけど、今回は低予算なので、俊二君が行くことに」
牧の言葉に、鷹緒は口を曲げる。
「俺だって安くて明朗会計だから売れてると思ってんだけど……」
「安さで助手には敵いませんよ。それにただ金額だけの話じゃなくて、鷹緒さんは午後まで別の撮影入ってるから仕方ないんですよ」
「そうなんだ……」
残念そうに言いながら鷹緒は溜息をつく。そんな鷹緒に牧は笑った。
「沙織ちゃんがその顔見たら、きっと喜びますよ」
「喜んだとしても言うなよ。カッコ悪い」
「もう、鷹緒さんったら。クリスマスとか興味なさそうなのに」
「確かにないけど、女はあるんだろ?」
「まあそうですねえ。何もなかったら殴るかも」
「俊二も大変だな……」
その時、広樹が会社に戻ってきた。
「ただいま」
「おかえり。今日は外回りかよ」
出迎えた鷹緒に、広樹は大きく頷いた。
「ああ、契約だけどね」
「聞いて、ヒロ。俺、今年のイブは夜空いてんだって。何年振りだよ」
嬉しそうな鷹緒に、広樹も笑う。
「夜空いてるくらいでなんだよ。おまえは仕事入れ過ぎなんだって……じゃあデートなんだ?」
「それが、彼女は仕事なんですよねえ?」
間に入って牧が言った。
「そうだけど、一人でも夜空いてるってだけで最高。この年齢で、冬に早朝から夜中まで仕事とか無理」
「ハハ。いつもその時期から年始にかけて、休む暇もないからな。今年は僕もスケジュールゆったりめにしたから、年末年始もそれほどじゃなくなったけど」
鷹緒の言葉に、広樹が同調して言う。
「じゃあ久々に、クリスマス会でもやりましょうよ!」
「わあ、面白そう。賛成!」
牧の提案に、万里が入ってきて言った。
「クリスマス会?」
「今年は社員旅行も復活したし、やりましょうよ、クリスマス会。前の事務所の時は、いろいろイベントやったじゃないですか」
明るい笑顔で牧が言うが、広樹は考え込むように俯く。
「前の事務所の時は、ほどほどに暇だったからやってただけなんだよなあ……」
「まあ三崎さんなら、忙しくてもやってたけどな」
苦い顔の広樹に、鷹緒が言った。
「おまえ、三崎さんと僕を比べないでくれる? あの人はお祭り男だし、超器用だったじゃん」
「お祭り男はおまえも同じだろ。今までだって俺を散々巻き込んできたくせに。でもまあ、クリスマス会は無理なんじゃないの? モデル部はそのショーとやらで出払ってんだろ。企画部だって暇ではないんだし」
「そんな……モデル部だって全員出払うほど人員取られませんし、準備なら空いてる人間がやりますよ。ショーが終わったら合流すればいいじゃないですか。恋人持ちはいいですけど、いない人間は寂しいです」
万里の言葉に、広樹は優しく微笑んだ。
「そっか。じゃあ有志だけでも何かやろうか。僕も独り身で寂しいもん」
「本当ですか?」
「社員の意志は尊重しますよ」
「やったー!」
牧と万里が喜ぶ横で、鷹緒は軽く頭を掻く。
「有志だけってことは、強制参加じゃないんだよな?」
鷹緒がそう言ったので、広樹は強く首を振る。
「おまえは強制参加。どうせ一人でいても、テレビでも見て終わる気だろ。仕事の一環で付き合えよ」
「はあ?」
「社長命令」
「……ハイハイ。じゃあ、社長からのクリスマスプレゼントに期待しよう」
「ケーキくらいは買ってやるよ」
苦笑する鷹緒と広樹の横で、すでに牧はパソコンを見つめている。
「じゃあ早速、何処か場所探さないと……今から貸し切りなんて出来るかなあ」
「地下スタジオは?」
「その日、時間貸しで劇団に貸してるんですよ。そっちもパーティーで使うみたいですけど」
「マンションスタジオは……全員が入るには狭いしな」
「まあ、探してみます」
腕の見せどころといった様子で、牧が張り切ってパソコンをいじり始めたので、それぞれ仕事に戻っていった。
「クリスマス会?」
数日後。レストランで二人きりの食事の最中、鷹緒に向けて沙織が言った。
「ああ、イブの夜。おまえはショーがあるんだろ?」
「でも夜は空くよ。会えないのかな……」
「いや。来ればいいし、少なくとも終わったら二人で会えるよ」
「本当?」
嬉しそうな沙織の笑顔に、鷹緒の顔も思わず綻ぶ。
「うん。俺もクリスマス付近に、夜だけでも時間空くなんて久しぶり」
「そうなんだ? じゃあ、デートとかも?」
「ないない。暇があった時も、大体は仲間と一緒にいたしな」
「へえ……」
「まあ、今年もそんな感じでガヤガヤするのかもしれないけど……」
言葉の続きを言わない鷹緒に、沙織は期待するように見つめる。
「けど?」
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音