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FLASH BACK

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 そこに喫煙室のドアが開き、沙織が顔を覗かせた。
「……入ってもいい?」
「……駄目」
「え、駄目?」
 何故か明かりのついていない喫煙室。驚いた沙織の目には、ビル街の明かりが逆光になり、鷹緒の表情までは見えない。
「俺きっと今、情けない顔してるから……ヒロにもずっと余計な気遣いさせてたみたいだし、本当最悪……」
 自己嫌悪に襲われている様子の鷹緒を見て、沙織は静かに鷹緒へと近付いた。
「なんだ。情けない顔なんてしてないよ?」
 やがて見えた鷹緒の顔は、少し疲れたように見えるだけで、逆にそこに感情などないようにも見える。
「癒して」
 鷹緒の言葉に微笑んで、沙織は鷹緒の頭を撫でる。
「よしよし」
 そんな沙織の行動に、鷹緒は吹き出した。
「それがおまえの癒し方かよ」
「じゃあ他に何があるの?」
 そう言われて、鷹緒は自分の頬を指差す。沙織は恥ずかしそうにしながらも、そこにそっとキスをした。
「辛い……?」
 続けて言った沙織の言葉に、鷹緒は溜息をつく。
「……周りの気遣いがな」
「え?」
「俺、そんなにまだガキかな……そんなに言うなら、べつに父親と会ったっていいんだけど……だからって笑いながら酒酌み交わせるような関係には、今更なれないと思うんだけど……駄目だな。もうずっと離れてるっていうのに、事あるごとに父親の影に怯えて馬鹿みたいだ」
 独り言のようにそう言いながら、鷹緒は三本目の煙草に火を点けようとする。それを沙織が止めた。
「吸い過ぎだよ。それにみんな、鷹緒さんのこと心配だからそう気遣うんじゃない。ヒロさんだって、異常なくらい心配してたよ」
 相変わらず真っ直ぐに見つめる沙織に、鷹緒は微笑んだ。
「……昔さ、親父が秘書を通じて俺に依頼してきたんだ」
 鷹緒は過去を思い出しながら、やはり煙草に火を点けた。

 数年前――。
 離婚の傷も少しは癒えた頃、がむしゃらに仕事をこなしていた鷹緒の元に、新規のアポイントメントが入った。
「宣材写真の依頼です。依頼主は真壁さんという中年男性でした。急ですが、ちょうど時間が空いていたので、明日の昼に打ち合わせにいらっしゃいます」
 アポを取った受付の牧からメモを受け取り、鷹緒は頷いた。真壁という名前が、因縁の父親の秘書と同じ名前であることを知りながらも、よくある名前と思い、特に気には留めなかった。
 しかし次の日にやってきたのは、鷹緒の父親本人と、秘書である真壁であった。
「……どうぞ」
 言葉を失いながらも、鷹緒は入口の近くにある応接スペースへと案内する。奥のソファに座る二人を見届けて、鷹緒は無表情のまま受付票を差し出した。
「こちらにご記入頂けますか」
「そんな仏頂面で接客しているのか。これも客商売だろ」
 父親の言葉に、鷹緒は目を伏せる。
「あなたでなければちゃんと接客しますよ。門前払いでないだけ感謝してほしいものですね」
 他人行儀な鷹緒と一触即発の張りつめた空気が漂い、真壁は受付票に記入して微笑んだ。
「突然すまないね……でも、一度撮ってもらいたいと思っていたんだ。君は賞も取って有名になってきているし、是非にとね……」
 その場を取り繕うかのような真壁の態度に、鷹緒は溜息をついた。
「宣材写真と伺っていますが?」
「ええ。政治のポスターやビラに使えるような写真をと……」
「あいにくですが、僕は政治家の写真を撮ったことがありませんので、そちらが望まれるような写真を撮る自信がありません」
「被写体がなんであろうと、おまえはカメラマンじゃないのか。それともまだ素人なのか?」
 嫌味なまでの口調で語り続ける父親に、鷹緒は微笑した。
「カメラマンにも被写体を選ぶ権利がある。このお話はなかったことにしてください」
「あなたがどの程度有名で立派なカメラマンかは存じませんが、己の私情を挟んでいるとしか思えない。実の父親すら撮れなくて、何がカメラマンだ」
 互いに他人行儀になり、火花が散るかと思うほど、二人の視線がぶつかり合う。
「……あんただって、俺に撮られるのが嫌なんじゃないですか? そんな挑発に乗る気にはなれない」
「それもおまえの私情だろ。俺は真壁が勧めるカメラマンに撮ってもらいたいだけだが……まだ子供だったんだな。離婚もしたそうだし、こんな汚い雑居ビルに構える小さな会社でふらふらと……どおりで腑抜けた半端者の顔をしてる。だからおまえは駄目なんだ」
 目の前のお茶を掴んだところで、鷹緒はグッと堪えた。ここで暴れても、何の好転もしないことだけは理解出来る。
「……わかりました。近いうちは時間が取れないのですが、そちらもお急ぎのようですので、平日夜なら三十分だけ時間を確保します。急ピッチの撮影になります。それでもよろしければお受けします」
 譲歩した形になったことが負けだとも思ったが、鷹緒は顔を顰めたままそう言った。
「それでお願いします」
 父親の代わりにそう言った真壁は、足早に父親を連れて去っていった。

 数日後。地下スタジオで撮影が始まった。助手もいない静寂のスタジオには、カメラマンである鷹緒と被写体の父親、付き添いの真壁の三人しかいない。まるで極秘の撮影だった。
 その日、鷹緒は直前まで別の撮影が入っていたため、父親の撮影はいつになく疲れ、そして重く感じていつつも、父親から余計な小言を言われないためにもと、通常業務を装う。
「さすがは政治家ですね。撮影慣れしていらっしゃる」
 嫌味を込めて言った鷹緒に、父親も不敵に笑う。
「カメラマンっていうのは、もっと気持ちよくさせてくれるものだと思っていたがね?」
「あいにくですが、俺はそういうタイプじゃありませんよ。特に知り合いの中年男性相手はね。でも……来てくださってありがとうございました」
 不意に出た鷹緒のお礼の言葉に、父親は表情を変えた。
「何?」
「このような機会を与えてくださって感謝しています。あなたは、どこまでいっても俺の父親であることに変わりはないのですから」
 他人行儀だが、初めて優しげな表情を見せた鷹緒に、父親もまた微笑んだ。
「一度……帰って来い。おまえの荷物はまだとってあるし、母さんの形見だっておまえは持ってないだろう」
「……じゃあ着払いでいいので送ってください」
「おまえ! その言い草はなんだ」
 いい雰囲気だったはずの場が、一気に元通りに凍る。
「あなたこそ、まだわからないんですか。あそこに俺の居場所があるはずがない。まして居心地がいいはずもない。そんなこともあなたはわからないのか」
「人が下手に出てみれば……」
「どこが下手だ。俺のほうが何度も譲歩してる」
「それはこっちの台詞だ」
 もはや似た者親子と言うべき姿に、真壁も苦笑して間に入る。だがそこにいつもの一触即発というムードはなく、どこか打ち解けたような、しかしやはり譲れないところがお互いにあるような、緊張感漂う場であった。

 どこか微笑ましいようなエピソードに、話を聞いていた沙織はほっと胸を撫で下ろしていた。
「なんだか安心した。鷹緒さん、お父さんと一言もしゃべってないのかと思ってたから……」
 その言葉に、鷹緒は口を曲げる。
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音