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FLASH BACK

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「はい。もうすぐ帰るから事務所で待っててって……いいですか?」
「もちろん。お構いは出来ませんが」
「あはは。どうぞお構いなく」
 そう言って、沙織は鷹緒の席に座った。鷹緒のデスクには、今日もたくさんの伝言が並べられている。
「あの……ヒロさん。ちょっと聞いてもいいですか?」
 沙織は重い口を開くように、広樹の背中にそう言った。
「うん、なに?」
「鷹緒さんに家族の話とかって、やっぱりタブーですか?」
 仕事を続けながら聞いていた広樹は、その手を止めて沙織に振り向く。
「……何かあったの?」
「え?」
「いや、何もないならいいんだけど……選挙の時期だし、僕も少し心配してたんだけど……」
「じゃあ、やっぱりタブーなんですか? 私、怒らせちゃったかもしれなくて……わかってはいたんですけど、お父さんの話してしまって……」
 お互いに心配事が一致したように、二人は顔を曇らせる。
「タブーっていうほどじゃないと思うけど……選挙となると、嫌でも父親のこと思い出すらしくて、その度に僕はビクビクしてるよ。ここはお父さんの選挙区だしね」
「そんなに言うほどですか?」
「うん……もうかなり前の話なんだけどね。昔、鷹緒のお父さんがうちの事務所に来たんだよ。あの後あいつ、大変だったからさ……」
 苦笑する広樹を見つめながら、その大変な事態を知ろうと、沙織は首を傾げる。
「大変って……」
「あいつはもう大丈夫って言ってるけどさ……今だって、鷹緒のお父さんが政治家って知ってる社員も少ないから、話に出てくることも多いんだ。親戚なのかとか、鷹緒と同じ名字の人だから投票しようかなんて。そういうの嫌がるやつだけど、わざわざ伏せてることだから、何も言いようがないし……」
 その時、事務所のドアが開き、鷹緒の顔が見えた。
「ただいまー」
「おかえり」
「ああ、みんな出払ってんのか……ごめん、沙織。待たせたよな」
「ううん、大丈夫」
 疲れた顔の鷹緒は、自分のデスクの上にある伝言を見つめ、一瞬で顔色を変える。
「鷹緒?」
 険しい顔の鷹緒に、広樹が声を掛けた。しかし鷹緒はそれに反応することなく、自分の携帯電話のアドレス帳を見つめ、伝言メモに記された電話番号と照らし合わせる。
「……あの人……」
 軽く舌打ちをして、鷹緒は沙織が立った自分の椅子に座り、前髪をかき上げた。
 沙織の目に、放り出された鷹緒の携帯電話の液晶画面が映る。そこには「諸星政司事務所」という名前のメモリーが映し出されており、伝言メモに書かれた電話番号と同じ番号があった。メモには、真壁という人から折り返し電話を希望する旨の伝言が書かれていた。
 同じく顔をこわばらせた沙織を見て、広樹も立ち上がり、鷹緒への伝言に目を通す。真壁という名前は、広樹にも心当たりがあった。鷹緒の父親の秘書である。
「……僕が連絡するよ」
 すかさず言った広樹を、鷹緒が見上げる。
「なんで?」
「なんでって……嫌なんだろ?」
「べつに仕事の依頼なら断ればいいだけだろ。あいつが電話に出るわけでもないしな」
「前回は断れなかっただろ。もう僕だっておまえのあんな姿見たくないし」
 それを聞いて、鷹緒は横目で沙織を見た。あまり知られたくない話らしく、これ以上話が続く前に、鷹緒は携帯電話の通話ボタンを押した。
「鷹緒」
 広樹が止める前に、電話はすぐに繋がる。
『諸星政司事務所でございます』
「WIZM企画の諸星と申します。真壁さんからお電話頂いたようなのですが……」
『少々お待ちください』
 若い男性の声が遠のいた間に、鷹緒は会社を出て、廊下にある喫煙室へと入っていった。電話の向こうで、やがて中年男性の声に変わった。
『お電話代わりました、真壁です』
 鷹緒にとって、聞き覚えのある声である。
「……WIZM企画の諸星です。お電話頂いたようで」
『鷹緒君。久しぶりだね。元気かい?』
「ええ……それで、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
 気が立っているのか、愛想一つ言えない鷹緒に、真壁も悟って苦笑する。
『ああ、突然すまないね……急で悪いんだけど、近々会えないかな?』
「仕事のご依頼ですか?」
『ああうん、それも兼ねてなんだけど……急な選挙だけど、君の事務所近くに選挙事務所を構えたんだ。挨拶に行こうと思ったけど、急に行ったら嫌がると思って、電話でね……君、政司に全然会ってないんだろう? ひとつのきっかけになればと思ったんだけど』
 鷹緒はすかさず煙草に火を点け、大きく息を吐いた。
「……余計なことはしないでいただけませんか」
 言葉を選びつつも、鷹緒はきっぱりとそう言った。
『鷹緒君……』
「こんなこと言いたくないし、真壁さんが僕のことを心配してくださっているのは感謝します。でも僕ももう一端の大人ですし、今更父親がどうこうという概念もありません。そちらの仕事に協力するということも考えられません。お互いに平穏なら、今後も会うこともそうないでしょう」
『でも、お父さんは君に会いたがっているよ』
 瞳を揺らせつつも、鷹緒は何の感情もないかのように目を伏せる。
「僕は……まだ子供でしょうか。とっくに父を許しているはずなのに、会って話す姿すら想像出来ません。お心遣いには感謝します。でもこれは僕と父の問題であって、まして他人である真壁さんに何かをして頂くことは何もありません」
『じゃあ仕事としては? 今回の選挙には間に合わないが、次回のポスター用の写真もある。もう一度だけでも受けてもらえないだろうか』
 短くなった煙草を灰皿に落として、鷹緒は大きな窓ガラスの向こうに広がるビル街を見つめる。急いで入ってきたため、喫煙室の電気さえつけておらず、まるでここは自分の心の中のように思え、外のネオンに憧れさえ抱いた。
「勘弁してください……こんな大人げない対応をして申し訳ない。でも僕も、身内の写真を撮るほど暇人ではありませんし、父の息子として晒されるのは嫌なんです。わかってください」
『そうか……そうだね。君は子供の頃からそういう目に遭ってきたものな……いいきっかけになるかと思ったんだが……もう無理は言わないよ。会社にまで電話してしまってすまなかったね』
 真壁の言葉に溜息をついて、鷹緒は目を伏せた。
「父は……元気にしていますか?」
 それを聞いて、真壁が受話器を持ち直す音が聞こえる。
『もちろん元気だよ! いや、君と会えないのは寂しがっていたけど……あいつも頑張ってるし、君がマスコミに出たりすると、とても嬉しそうにしているんだ。仕事抜きでもありでもいいんだ。一度会ってみないか』
「いえ、遠慮します……」
 その時、おかえりなさいという大声が、受話器の向こうに響いた。
『あ、帰って来たよ。一言だけでも……』
「すみませんが失礼します。なにかありましたら、僕からご連絡しますので……」
 鷹緒はそう言って電話を切った。大人げない自分のやり方に溜息をつきつつも、真壁はいつも余計なことすると思い腹立たしくもなった。
 静けさが漂う喫煙室で、鷹緒はまたも煙草に火を点ける。気にしていないと言っても、嫌でも頑なに閉じた心に触れなければならない現状に、自分自身もお手上げ状態である。
作品名:FLASH BACK 作家名:あいる.華音